目覚めたときに一人じゃないというのはいいことだ。
ましてや隣にいるのが愛しい人なら尚のこと。
覚醒したばかりのアレフは半ば癖になっている仕草で首を横に向け、沸き上がる幸福感に我知らず微笑んだ。
肘をついて上体を起こし、隣にいるリィの頬に軽く口付ける。起きる気配がなかったので、そのまま幸せな気分で茶色の髪をなではじめる。シーツの上に散らばる髪をうっとりとなでながら、睫毛すらぴくりとも動かさずに眠り込んでいる愛しい人の寝顔を眺めるうち、ふと戯心が沸き上がった。
口角をあげてにやりと笑い、シーツと肌の間に腕を入れて上から押しつぶすようにぎゅうっと抱きついた。にやけた声で「リィ〜♪」名前を呼び、額やら瞼やら頬やらにキスをする。
力いっぱい抱き締められて「…う」それまで穏やかだった寝顔の眉間に皺が寄る。
リィは他人との必要以上の接触を好まない。就寝中に抱きつかれたりするのももちろん嫌いだ。以前抱き寄せたまま眠ろうとしたら「これでも抱いてろ」つれないセリフと共に枕を押しつけられたことがある。
「…うう〜…」
リィは苦しげに呻き声などあげて身をよじった。が、アレフが腕ごと抱き込んでいるので、押しのけることもままならない。しばらく息苦しさと眠気の間で火花が散っていたようだが、結局前者が勝ったらしく、不承不承といった感じで瞼が開いた。
「おはよう♪」
ちゅっと額に朝の挨拶。
リィは満面の笑顔で抱きついているアレフを如何にも不機嫌な目つきでじろりと見上げた。
「…んだよ」
寝起きの掠れた声で苦情を申し立てる。
「人が寝てんのに…」
そこまで言ってリィは唇が乾燥していることに気付いた。ちろりと舌を出して薄い皮膚を湿す。それから続きを言うつもりで口を開いた。
一方アレフは唇の隙間から覗いた舌先に、柔らかく濡れた感触を思い出していた。
その記憶に後押しされるように頭を下げて口付ける。濡れた唇をなめ、隙間から舌を絡める。リィが緩めた拘束から抜いた腕を背中にまわしてきたのに気をよくして、角度を変えてより深く唇をあわせた。
「…ん」
唇の暖かさと舌の柔らかさと肩にかかった指先の力。
頭の芯がふわふわするくらい幸せ。
軽く唇を吸って顔を離すと、切なげなため息とともにゆっくりと黒い瞳が開く。
リィの右手がするりとアレフの背中の肌を滑って、肩の線をなぞり、首筋をなであげて頬に触れる。
長い睫毛の陰からとろりと潤んだ黒瞳が見上げている。
「アレフ…」
喉に絡むような低い声はほんのわずかに空気を波立たせて、アレフの脳裏に浸透していく。
ぎゅむ。
「いでででっ?!」
頬をつねられ情けない悲鳴を上げるアレフ。
その場に漂っていた甘い余韻は見事に砕け散った。
「誤魔化されねえからな」
潤んでいるくせに据わった目つきで見上げられて、アレフは涙目になってつねっているリィの右手を自らの左手で引き剥がした。
「リィ〜…」
「人が気持ちよく寝てるとこ起こすんじゃねえっての」
カーテンの隙間からこぼれる陽の色から察するに、まだ朝も早い時間であるらしい。昨日はずいぶん遅くまで起きていたから、睡眠時間は決して長くない計算になる。
そんなこといったって、とアレフは言い訳じみたセリフを口にする。
「寝顔が可愛かったもんだから、つい、な」
「かわ…」
絶句したリィの、捕らえたままの右手に唇を寄せて、アレフはにこりと笑ってみせた。つねられた頬がまだ痛かったが、ここは我慢である。
「…ちょーしにのんな」
呆れた風を装うことで照れを隠して、キスされた右手でアレフを押しのけ、リィがベッドの上に上体を起こした。
「もう起きるのか?」
象牙色の肌に散った紅い痕に目を細めながらアレフが訊ねる。
「普通は目ぇ覚めたら起きんだろ」
片肘をついて寝そべった姿勢のアレフに言い返すと、褐色の腕が胴回りに絡んできた。
「たまには一日ベッドの中ってのも悪くないぜ?」
先刻とは違う色合いの笑みを浮かべるアレフ。
じろりとそれを見下ろしたリィが、「……」一拍おいて「へえ?」にやりと艶めいた表情になった。上半身を丸めてアレフに顔を近づける。
「アレフ、お前、たまにでいいのかよ?」
「え」
予想だにしない言葉に呆けたアレフに、くつくつとリィは笑い出す。
「いつもじゃなくていいんだな」
アレフをやりこめたという思いから(勝った!)低空飛行の機嫌が急上昇で良くなった。
が、しかし。敵は手強かった。
次の瞬間には引き倒されてシーツに押しつけられている。あまりの早業に目を丸くしたが、気分は悪くない。むしろ、予想通りの展開に笑いがこみ上げてきた。アレフは可笑しそうに笑うリィの唇にキスをして「それじゃ、お言葉に甘えまして…」指先で体の線をなぞりだした。
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