おひさまぽかぽか、いいてんき。
かぜはそよそよ、いいてんき。
すやすやおひるね、いいきもち。


最初は真面目に読書をする気ではいたのだ。
しかし、あまりにも陽射しは暖かく風は柔らかで、これではついうとうとと微睡んでしまっても仕方がない。
幹に預けていた背をずりずりと下げて横になる。 目を閉じるとまぶたの上に木の葉の影が落ちて、なんだかくすぐったいような気分になる。
さわりと耳元をくすぐる風に息を吐いて、眠りに落ちた。


……目を覚ますと、すでに陽は傾いて風も随分と涼しくなっていた。
随分寝てたなと思いながら視線を巡らすと、何故か妙に嬉しそうな顔のアレフと目が合った。しかも手を取り合っている。謎だ。
起きあがるために手を離すと、名残惜しそうな顔をする。
「…恥ずかしいとか思わねえ?」
照れ隠しに突き放したような言い方になった。
「なにが?」
「こんなとこで寝こけてる奴と手なんか取り合ってて」
そう言うと、ふふふ、と怪しげな笑いが返ってきた。
「まーたまた、そんなこと言っちゃって。お前の方からやって来たんだぜ?」
「なわけねーだろ」
「ほんとだって。覚えてないのか?」
覚えていない。
非常に気持ちよくぐっすりと眠っていたのは確かだが。
「そーかそーか」
どうもそのあたりが顔に出たらしく、アレフが楽しそうに笑った。
「な、なんだよ。だいたいなあ、こんな時間まで放っとくなよな。見ろよ、もう夕方だぞ?!」
「そうだなぁ。飯でも食いに行くか」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない! それに食事ならアリサさんが作ってくれてるはずだっ!」
「それもそうだな。よし、じゃ行くか」
「人の話聞けよ…」
馬鹿馬鹿しくなってきた。そもそもこういうときのアレフには何を言っても無駄だ。
ふう、と溜め息を一つついて立ち上がる。そこで手が空なのに気がついた。
「あれ、本…」
「ここ」
座ったままのアレフが体の蔭から革表紙の本を取りだした。
「ああ…って、こら!」
受け取ろうとした手を掴まれ引き寄せられそうになったので、開いた片手でべしと帽子をはたいてやる。
「ってー…」
わざとらしく頭を抑えてみせるアレフをきっと睨む。
「変なことするな!」
「変なことぉ?」
むっとしてアレフが顔を上げる。視線がかち合った。
「キスの何処が変なんだよ?」
「恋人でもないのにするなんて充分変だろうが!」
と言ってしまってから気がついた。アレフなら相手が恋人でなくてもあちこちでやってそうである。いや、実際にやっているだろう。
「あー、だから、その…。俺はそういうのは嫌なんだよ」
「じゃあ恋人ならいいのか?」
アレフが立ち上がる。そうしてしまえば目線の位置はほとんど変わらない。
「へ?」
高さをそろえた視線には、珍しいことに苛立ちと非難が込められていた。
あまりに常日頃見ないものだから、まじまじと見つめ返してしまう。
「恋人ならいいんだろ?」
普通ならそれは確かにそうだ。だがあいにくと自分はちょっと普通ではない自覚があるので、曖昧に頷く。
「それはそうだけど」
頷きはしたものの、あとが続かない。
「そーなんだけど…」
「けど、なんだよ。恋人ならよくて他がだめなら、今からなりゃいいだろ。それなら問題ない」
一理ある。けれど。
「…俺はそんなのになる気なんて、ない」
「どうして。俺のこと嫌いじゃないだろ?」
それどころか、かなり積極的に好きだとは思う。今までそういう意味で人を想ったことなどないから確証はないが。
でもそういう問題ではない。
「…そうじゃなくて」
違う。
根本的に、問題が違う。
世の中には好き嫌いではどうしようもないことがあって、これはそういう次元での問題なのだ。
やっぱり、言わなければよかった。
苦い思いが胸中に広がるのを感じて、唇を噛む。
風邪で頭が茹であがっていたとはいえ、つくづく馬鹿なことをしたものだ。…思いの丈を吐き出すなんて。
「…どうして、だめなんだ?」
絞り出すような声。
その声音にいっそのことわけを話してしまおうかと考えたが、気の迷いだと即座に却下した。
話して嫌われたらと思うくらいには好きなんだな、と頭の隅のどこかで思う。
(あんな家に生まれなきゃよかった)
嫌われたらどうしよう。
彼が傍からいなくなってしまったら。
それを思うと、とても辛い。心臓がよじれるくらいに。
だからその質問には答えられない。
かといってうまいかわし方も思い浮かばず黙っていると、不意に革表紙が押しつけられた。
「帰ろうぜ」
感情のこもらない声でアレフが言う。慌てて本を抑えてから見てみると、彼はもう公園の出口に向かって歩き出していた。


だいたい、ガードが固すぎるのではないか、とアレフは思う。
お互い好き合っているのに不意打ちでなければキスもできない。それどころか、最近では触れることすらままならない。
こっちはコレクションすら捨てたというのに、あんまりではないか?
そう思ってリィを見てみれば、彼は何やら思い悩む視線を足下に落としたままで後をついてくる。
…さっきはあんなに可愛かったのに。
半日近く眺めていた寝顔を思いだし、アレフは理不尽な思いに駆られた。
あんなふうに幸せそうに寝ていたくせに、起きた途端にこれだ。
はっきりいって詐欺だと思う。
リィが邪険なのはいつものことで、それも照れ隠しの一種にすぎないとわかってはいるが、納得がいかない。
どうやらまだまだ修行が足りないらしい、とこっそり息をついたところで、
「アレフ」
背後から小さく声がかかった。
「ん?」
「その…」
彼は眉を寄せ、俯いて、さらに小さな声で呟く。
「…俺が一緒に死んでくれって言ったらどうする?」
「……………………は?」
聞き間違いかと思った。より正確には、聞き間違いだといいなあ、と思った。
「嫌だろ?」
「え?」
「嫌だよな?」
 畳み掛けてくるのはいいが、その前にせめて一言。
「なんでいきなりそんな…」
みなまで言い終える前に、さらに一言。
「俺は嫌なんだよ」
ああそうですか。それより話の流れが見えないのですが。
「俺は死ぬのも死なれるのも嫌だ」
爪先のあたりを見つめたまま、リィが囁くように。
「俺は、…」
そこで宣言が途切れる。
が、どう考えてもそのあとには芳しくない言葉が続きそうで、アレフは声を割り込ませた。
「いいよ」
リィが顔を上げる。非常に希なことだが、彼はこういう不安げな表情もする。それこそ迷子の子供のように心細い表情だ。
「気にしちゃいねーよってこと。お前相手に長期戦は覚悟の上だしな」
心中勧誘の話題を避けている。
リィは少しの間足を止めて考え、「そうか」と小さく微笑んだ。
その笑みを見て、まあいいか、と思った。
すぐに手足の一撃が飛んでくるわりに、リィは隙が多い。先刻がいい例だ。
普段から鵜の目鷹の目な相手の前でぐーすか寝てしまう。
その理由はまったくもって謎だが、信頼されていると思えば悪い気はしない。死ぬ云々の発言は気になるが。
このままいけば、そのうち起きているときに触れても殴られずにすむ日が来るかもしれない。
それまでの辛抱だと、アレフはリィに言ったように、気長に待つことにした。


(結局言えなかったな…。でもアレフがいいって言ってたから、いいか)
互いの気持ちを知っていて、なのに逃げているという罪悪感はあるが、それより今は隣を歩いている事実が嬉しい。
(別に今言わなくてもいいよな?)
本当は同じ場所にいるだけで生命の危険があるかもしれないのだと。
そんなことを話してしまえば、きっともうこんなふうには歩けないから。
(次の機会にしよう)
そんなものはこの先ずっと来なければいいと思いながら歩くリィの首筋を、夕暮れの風がすり抜けていった。



「おひさまぽかぽか、いいてんき」と対になる話。
読みづらいなと思いつつ、またも同じ形式にするあたりがぼく。
ちなみに「すやすやおひるね、いいきもち」に続いたりは、…するかもしれません(保証なし)
にしてもリィがダメ人間ですなー。
彼なりのわけはあるのだけれど、言わなきゃないのと一緒だと思うのですよ。
ところでこの話、微妙に背景と合ってないですねー?


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