第二回 特別編・恐怖体験について語ろう

☆straycatの語り
今回語る真実は紛れもなくノンフィクションであり、筆者の身に起こった実体験である。
正直言って誰にも話したくない体験であり、むしろ自分の記憶の奥底にとどめておくことすら
はばかられる恐怖体験である。
しかしそれでよいのだろうか。否、文壇会をリードする私の使命は一個人の感情ひとつに縛られるべきではない。
私の体験ひとつひとつを読者諸兄と共存することこそがモノカキとしての使命であり、喜びであるはずである。
ただしひとつだけ諸君に忠告したい。本文を読むに辺り、次のキーワードに嫌悪感を持つものは今すぐこの場を立ち去られたい。
>ラ・クカラチャ        <立ち去る

昨日の話である。
私はいつもの週末と同じく、ほぼ夜を徹してインターネットの世界に浸り4時も過ぎる頃ようやく風呂を浴び、今正に就寝しようとしていた。
「乾かしすぎだっ!」という名言がある。たしか弟切草とかいうTVゲームであったように思う。
ともあれドライヤーで髪を乾かし、ドライヤーに目を落とした。
諸君もそうだろうがドライヤーの送風口をじっくり眺めることなどあるであろうか。
CDドライブのトレイから中を覗きこむ、水道の蛇口から中を覗きこむ。
このような日常生活上、何の意味も無い行為は時として気付くことの無かった現実を我々の前に曝け出すことが有り得るのだ。
ドライヤーの送風口には口を閉じられた用具が取りつけられ、よほど中を覗きたくない限り、覗くことは無いであろう。
しかしその夜、私は   覗いた。
ダンテが目にした地獄界。いやそれ以上のものを私は目にしたのである。
細く開いた送風口の向こうになにやらアメ色のものが見えた。
確かめたい。いやしかしなぜか私を引き止める者がある。
見てはいけない。誰かがそう叫ぶ。
見るな。感じるのだ。いや違う。ブルース・リーではない。
異物がどうした。おおかた焼け焦げた埃だろう。指ではじけばいいではないか。
ならば見る必要も無かろう。いや、だからこそ確かめておく必要がある。熱がこもり発火しては一大事だ。
カパと空虚な音を立て、用具をはずし、見た。
剥き出しになったドライヤーの送風口にはヤケド防止のため鉄格子のような網がはめられていた。
鉄格子。いい得て妙。正に鉄格子である。その目的は外部から異物が侵入するのを阻止するために
あるが、裏に回れば牢獄がそこに存在する。
鉄格子に捕まり「おれは無実だ!」と懇願する、その、モノ。それは、いた。
アメ色の香ばしい姿に変色したラ・クカラチャ。
和名チャバネゴキブリ。
一人暮しの悲しさはその絶叫さえ空虚な空間に飲みこまれていくことにある。
誰にも看取られず、果てた独居老人。彼らに及ばずとも、咳をしても一人という現実にまた一人涙した同志は数多いだろう。
久遠(くおん)のときが流れ、再び現実に戻ったわたしはその現実を受け入る事を拒み、コノママネテシマエと逃避行動に走った。
いやしかし、いやしかし、いやしかし・・・。
もう一度、見た。現実。先程の比喩表現はまったくこの場に用意されたもの以外の何物でもない。
(許して欲しい。これ以上の直接的な表記は私の子羊のような心臓では耐え切れない)
は愛らしいとも言える目で無実を主張し、前脚は鉄格子に巧みに絡み付いていた。
「熱いよう、熱いようお兄ちゃあん!」
彼女の叫び声が脳内にこだまする。え?メスなのかなあ。テヘヘ。
などとGを美化して少しでも自分を騙そうともしたがまるで無意味。
現実の奪回。それはヤツを、Gを取り去る以外に無し!
振ってみた→鉄格子の形状もさる事ながら背を丸め悶え苦しむ姿のGはそれしきでは出てこない
つまむか→バラバラにすれば取り出せるかもしれないが。かもしれないが。ああああああああああ。
ドライヤーを分解しよう→モノコック構造で継ぎ目すら見えない。
いかんともしがたい状況の中、時ばかりが無常に過ぎて行き、後僅かで夜明けを迎えようとしていた。
あらゆる手段を試みている間、Gの亡き骸は鉄格子にかけた前肢が外れ、ドライヤーの内部をカサカサカサカサ行ったり来たりしていた。
ペンチで鉄格子の隙間を広げようと試みるが意外に丈夫である。
どうだ、取れそうかな?と送風口を覗きこむたび目をあわす。
後少し。東の空に太陽が顔を見せる頃には私は発狂しているに違いない。
父よ母よ、姉よ、友よ。himeは立派に戦いました。私の骨は海の見える小高い丘に埋めてください。
それからうらにわのアルジャーノンのおはかにはなでもそなえてやってください。
「バキ」と音を立て鉄格子の一本が外れた。すかさずゴミ袋の上で、振る。
カラン。鉄格子の一片が落ちた。そして次に、カサ。
落ちた先(ゴミ袋)と落ちる元(ドライヤー)、どちらを確かめるべきか。
迷うべくも無く元を確かめた。
そこにはGの姿ななく。ただ無骨な熱線類が鉄格子の向こうに見えるだけだった。
終わった。
エイリアンをシャトル外に追い出し、コールドスリープに入ったリプリーのように私は布団に飲みこまれた。
気付かなかった方がよかったのか気付いてよかったのか。
そして、一体いつから・・・やつはいたのか。
体中を針で刺されるような自問を振り払い、目を閉じた。
忌まわしい夢を見ることは無く、深い深い湖の底のような眠りが私を優しく包んでくれた。

              <終>


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