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扉が開く音に、部屋の主は目を覚ます。そして、目の前の光景に愕然とした。暗闇に蠢く幾つかの人影。ぎらりと銀色に光を放つ―――刃。 「! 貴様等は……」 「<王の剣>。この名において、ウィンゼル公、貴公を先の戦で反乱軍と通じ、我が軍を苦境に追い込んだ罪により、斬る。覚悟めされよ。」 「ま……まて、いいがかりだ! わしはそんな……」 「王命だ」 血飛沫が舞う。<王の剣>の男が突き出した剣がいんぜる公の胸を貫く。公はよろめきながらも男の顔を凝視した。苦悶に血走った目がギラリと輝く。<王の剣>が任務を受ける時に託されるという国王の聖なる剣、彼を貫く美しい剣を、その血が真紅に染めながら伝い落ちてゆく。 「サウザドの王……わしから全てを奪った男……。見ておれおいぼれ、貴様からも……奪ってくれるわ……」 血を吐きながら呟く。王の臣下にして最高の精鋭部隊<王の剣>の騎士が眉をひそめるをみて、公は今度は狂ったように笑いだした。 「クハハハハ……知っておったか<王の剣>よ……。王より賜ったこの剣の真実の銘は……血塗れの英雄というのだよ。その本性は今目覚めた……くくく……王の跡取り、成人することはないと思え……ハハ、は……」 笑いながらウィンゼル公は硬直し、ゆっくりと崩れ落ちる。 その体から剣を引きぬくと、その場にいた者達は色を失った。今日の任務のため、王から借り受けた白銀の刀身が、生々しい深い紅の輝きを帯びていたのだ。血を拭っても、その色は変わらない。 彼らは、凶々しい呪詛が神聖なる剣に取り憑いたことを知った。
「この剣には恐ろしい呪いが掛けられておりまする……」 宮廷魔術師の言葉に、王は「やはりか」と漏らし溜息をついた。幾つもの部族や小国を平定し、取り込んできた大国、サウザドの王。彼は<王の剣>が任務を終えて戻り、血色に染まった剣を返還したその日から、毎夜同じ夢にうなされていた。 即ち。自らの剣、紅く染まってしまったその王の剣が、自分の息子を切り刻む光景である。 「このままでは、来年の王子の成人の日まで、この剣は王子の血を欲しつづけまする。そして、いずれは王子のお命を奪うことになりましょう」 「なんとかならんのか? あれは余の一人息子、唯一の跡取りじゃ。あれを失うことは、この国自体が消えることに等しい」 老王の問いに、魔術師は重々しく口を開いた。 「たった一つ方法がありまする。それは、剣の望みを、別のもので満たすことです。今から丁度一年後の満月の日、王子の成人の日までに、この剣に一千の人の血を捧ぐのです。さすれば剣は満足し、呪いを忘れましょうぞ……」 「この剣で一千人を斬れと……? しかし……」 王は言いよどんだ。臣下にそれを命じれば、下手に多くの者に恨みを買うことになりかねない。 「人材なら私が手配しましょう、王よ」 側で聞いていた重臣の一人、ローム伯爵が申し出る。 「私の持っている剣闘士で、今年優勝した実力者がいるのですが、もともと遠方の国の騎士の家の出だそうで、義理堅い男です。ですから、自由とそれ相応の地位とを話しに出せば、間違いなく引きうけると存じます。そのもの以上の適任者はいないと心得ますが、如何でしょうか?」 うむ、と王は頷いた。剣闘士上がりということなら、多少信頼度には欠けるが、どこの戦に傭兵として出たところで不自然さはない。むしろ臣下の騎士などよりもよほど扱い易いというものだ。伯爵の薦める者だし、間違いはあるまい。 「よかろう。では、その者に余の剣を託すことにする。成功の暁には、<王の剣>騎士団への入団を許可しよう。伯爵、確とその者に伝えよ。」 はっ、と言って手配の為その場を立ち去ろうとした伯爵に、老王は思い出したように声をかける。 「伯爵。その者の名を聞いていなかったな。何というのだ。」 「は……。その者は、アルフレッド・キーランと申します。」
目の前には敵の群れが蠢いている。そう、いつものように。彼は剣を手に取る。瞬間、脳裏に声が響く。 『今日は何人斬ってくれよう……。』 望むままに。そう答えを返す。と、その刀身がぬめりと輝く。舌舐めずりをしたかのように。そして唐突に、剣はその姿を変え始めた。深紅の刀身の、形が崩れる。 ずるり…。 音を立て、刀身は液体へと変わる。それが剣そのものの意思に応じて鞭のように伸び、しなり、舞い始める。 血液そのものが獲物を求めて舞っているのだ。それが、この剣の本性だった。そして彼は、いつものようにその意思に任せて腕を振るうだけでいい。 それだけで、いくつもの命が、剣に吸われてゆく。 『九百六十、六十一、六十二……。』 いつものように切り殺した獲物の数を数える声を聞き流しながら、彼は、敵の兵士の姿に目を走らせた。自分が命を奪う者の姿は、目を逸らさずに見ておかなければならない。 それだけは決めていた。 しかし。その視線がある一点で留まる。彼は後悔した。 兵士達の渦の中に、良く見知った顔があったのだ。艶やかで真っ直ぐな長い金髪。切れ長の美しい瞳。美麗な女戦士が乱戦の中、剣を振るっている。 「……リーファ……。」 彼女は彼のたった一人の妹だった。両親ともに既に死去している彼らにとって、お互いが唯一の肉親なのである。 流石に剣先が鈍る。仮面越しなので彼女には自分が判る筈もないが、それでも視線は彼女を追ってしまう。 と、リーファが偶然こちらを向いた。 視界に妹の姿が正面から映る。―――その刹那。 『―――この娘だ! おのれの最後の身内。この娘が最後の贄である。惜しいが、今殺す訳にはゆかぬ。』 脳裏に広がる、割れ鐘を打つような絶望的な響き。 衝撃で視界が歪む。思わず一瞬動きを止めた体に、何かが振り下ろされるのがわかった。反射的に回避行動を取るが間に合わず、顔に敵兵の一撃を受ける。 仮面が弾かれ、落ちた。素顔に夜気が吹きつけてくる。 半ば恐慌状態に陥りながら、彼は片手で顔を覆った。蒼の道化師の素顔、それは誰にも明かしてはならないのだ。 特に。目の前にいる、何も知らない妹などには! 「…!! 兄者!?」 懐かしい声は断罪者の声となり彼を切り裂く。 処刑台に立たされた思いで、だが逆らえずに見てしまう。 何を求めたのか、自分でも解らないままに、彼はみた。
そこにあったのは。実の妹の、驚愕に満ちた……瞳。 |