血濡れの英雄(4):雨宮 実久

「――――リフ!」

 妹を呼ぶ自分の声で、アルフレッドは目覚めた。全身が汗でぐっしょりと濡れている。

「またか……。」

 疲れた声をだし、思い体を起こすと、壁に立て掛けた魔剣の姿が目に入った。あの長くて現実的生々しい夢は、この剣を手にした日からずっと彼に付き纏っている。最近は期限が間近に迫ったからか、それともあと数人斬れば終わりというところまできたからなのか、ますます頻繁に見るようになってしまっていた。特に妹、リーファに出会ってしまった日からは、ほぼ毎日見ている。

 銀糸の髪を掻き揚げ、気だるそうに窓を見上げると、弱い朝の光が漏れていた。不いに強い風が格子を揺らす。すると、そこに立て掛けていた物がベッドの上に落ちてくる。

 蒼の道化師の銀の仮面である。片手で取り上げ、この一年で慣れてしまったその無表情な顔と、左頬の蒼い涙を眺めながら、アルフレッドは息をついた。

 素顔を見られた瞬間に見た、妹の顔を思い出す。彼女は失望しただろうか。だが元々、一時の情を忘れるためにつけた仮面だ。妹に正体を明かしたくなっかたことも事実だが、彼女に姿を見られようと、逃げる敵兵までも切り殺そうと、敵兵に混じっていた

民間人を巻き添えにしようと、成さねばならないことが彼にはある。そのためだけに、魔力を帯びた仮面を使ってまで非情に徹し、戦や小競合いの多い地を転々としながら、今日までやってきたのである。

 だが……。

「リーファ……お前が、最後の贄だなんて…」

 呻き、悔しげに魔剣を眺める。リーファを見たとき響いた言葉。あの条件は、彼にも寝耳に水だった。慌てて軍から身を引き、彼は方々の名のある占い師や魔術師に剣を視てもらった。すると大部分の者は、剣を受け取る前に聞かされたのと同じ事を言ったが、ある一人の占い師だけは違っていた。

「この剣が求むる一千人の血のうち、最後の一人分だけは、剣を振るう方の血に連なる方のものでなくてはなりません。剣の主の手で身内を斬ること。これが、この呪詛に編まれた望みなのです。」

 占い師はもうひとつ付け加えた。

「この剣は元来魔剣だった物を、その力を組み伏せ、封じ込めることにより、力ある聖剣として造り替えたもの視ました。その封印が破れた今、おそらくこの呪いを解いたとしても聖剣には戻りますまい。そのことは心得ておいて下さいませ」

 突き付けられた二つの事実にアルフレッドは言葉を失った。本当かどうかは分からないが、少なくとも前者はこれで疑う余地がなくなってしまったのである。

 もはやどうしようもない。ここまで来てしまったからには、やめる訳にはいかないのだ。期限まであと三日。あと数人を殺めれば終わる。やっと使命が果たせる時が来たのだ。

 そのためには、たった一人の妹の命さえ……。

「リフ……すまん」

 アルフレッドは静かに仮面をつけた。頬の雫が一瞬輝く。

 おそらく彼はもう、迷うことはないだろう。もう、二度と。

 そこにいるのは―――蒼の道化師なのだから。





□もういちど聞かせて! ☆もう、眠いや…。 △もっと聞かせて!!