|
partita~世界演武 熾戒 第三章 忘却の花咲く庭(8) 翌日の夕方、子供たちを無事に送り届けると、酒場で祝杯を挙げた。 「巻き込んでしまって、すまなかった」 シャンレイは深々と頭を下げる。 「謝る事じゃないですよ。私は、自分のしたいようにしたまでです」 エルディスは目の前の果実酒の注がれたグラスを掲げ、一口飲む。シャンレイもふと 微笑むと、グラスを取ろうと手を伸ばす。しかし、その瞬間にグラスが消えた。そのグ ラスは次の瞬間、空になって返ってくる。呆然として、その犯人を見る。 「……ミサキ……」 あびるように酒を飲む彼女を、誰も止めることはできない。 「酒らぁっ!もっろ酒くえぇっ!」 大きな声で叫ぶミサキの姿は、質が悪かった。顔は赤く、目は虚ろ。そして、完全に 舌が回っていない。ゲオルグは見かねて、ウェイトレスに水を頼む。 「……ミサキって、下戸だったんですね……」 エルディスは苦笑した。今までにも、彼女が酔いつぶれることは多々あった。しかし、 こんな酔い方をするのは初めてだ。 「……酔いたい気分なのかもしれないね」 シェーンが淋しげに呟く。―――無理に酔おうとしている。そんな感じがする。その 場に、沈黙が広がった。精神的に苦境に立たされたのは、今回が初めてだったのかもし れない。ミサキの持ち前の気質は、どんなことをしても憎めないものだったから。かつ て感じたことのない負担から解放され、その反動でこんな風になっているのかもしれな い。 「……まぁ、結果的にはよかったのではないか?」 シャンレイは独り言のように、微かな声で低く呟いた。そこへ水が運ばれてくる。シ ャンレイは立ち上がり、ミサキに近づく。 「ミサキ、上で一杯やろう」 水の入ったコップを取ると、ミサキの腕をつかんだ。 「んぁぁ?酒、飲むろぉっ」 ミサキは返答のようなものを返しながら、シャンレイに着いていく。すると、何だか 物寂しい静寂が訪れた。それを何とかしようと、口を開いたのはパレッティだった。 「エルディスは、もう行っちゃうの?」 上目遣いで淋しげな、何か物足りなそうな顔を見せる。 「……そうですね。私は詩人ですから、気の向くままに旅を続けます」 優しい笑みを浮かべると、エルディスは彼女の髪をそっと撫でる。 「今回の旅は、いい経験となりました。今度会うことがあれば、是非御一緒させて下さ い」 パレッティはくすぐったそうに目を細める。すると、標的は別の方に移った。 「―――で、アマネはどうするんだ?どこか、行くあてがあるのか?」 ソルティは、淡々と酒を飲むアマネに目を向けた。彼はソルティを一瞥すると、口に グラスを運ぶ。 「そうだな。幻術という面白い素材がある。……エルディスについていくのも、また一 興だな」 再び無感情な目がソルティに突き刺さる。彼は反射的に身をすくめた。その目には、 何か計り知れないものがあるような気がした。―――少なくとも、ソルティはそれに僅 かな畏怖の念を抱いた。 「シャンレイたちにも、挨拶すべきですね。出立は明日の朝にしましょう」 エルディスは階段の方を見た。泥酔していたミサキはどうなったのだろうか。少し心 配になる。 「ねぇねぇ、じゃあ歌ってよ!なんか、元気の出るようなの!」 パレッティは顔中に笑みを広げて、エルディスにねだる。彼は軽く笑みを向けると、 その指で弦の張りを確かめる。波紋のように、美しい音色が響き渡る。軽やかに動き始 める指に合わせ、彼の穏やかで温かい声が調和を作り出す。即興だろうか。出会いと別 れ、そして再会を題材に優しく歌い上げる。静かな曲だった。心の中に染み込んでいく、 そんな歌だった。 曲が終わると、パレッティたちは拍手を贈った。それに輪をかけるように、いつの間 にか集まってきていた人たちの指笛やらで、その場は沸き立った。エルディスは、それ に笑顔で応える。その後も何曲か披露し、客がいなくなった頃にシャンレイが下りてき た。 「シャンレイ、ミサキは?」 彼女の顔を見つけたシェーンが、真っ先に尋ねる。すると、彼女は苦笑した。 「やっと寝付いたところだ。あれは、赤ん坊の夜泣きよりも厄介だぞ」 「……何かあったのか?」 ソルティは訝しげな表情を見せる。シャンレイは空いている席に腰を落ち着け、首を 傾けて小気味のよい音を立てさせた。 「あれが欲しいだの、これがないと嫌だの、駄々をこねる。挙げ句、それを持ってくる と、それはいらないなどと言い出す。最後には膝枕で眠り出して、いざ動こうとしても 服をつかんで離さないのだ」 「な、なんか想像するとスゴイよ、それ……」 パレッティは唖然として呟く。それに肩をすくめたシャンレイは、エルディスの方に 向き直った。 「―――行くのだな」 「えぇ、行くあてはありませんけど」 彼は肯定するように目を伏せる。シャンレイはその言葉にしばし考えた後、意を決し てしっかりとした口調でエルディスに言う。 「―――もし……、もしもだが、東方へ行くことがあったならば……、東方中部の霧海 山の麓にある村の人たちに、私の無事を伝えて欲しいのだが……」 「霧海山、ですか……」 「……伝説の、迷いの山だな」 アマネは、興味を示すようにシャンレイを見た。 「―――私の、第二の故郷だ」 彼女はそう言うと、視線を落とす。にわかに静まり返る空気が流れる。 「……わかりました。東方には向かおうと思っていましたから、そちらの方へ行ってみ ますよ」 エルディスは軽く頷いた。シャンレイはそれに対してホッとしたのか、一つ溜息をつ いた。そして、頭を下げる。 「すまない。よろしく頼む」 「シャンレイ、そんな所に住んでたんだ」 ふぅん、と何度も頷くパレッティは、何かに気付いたのかその目をアマネの方に移し た。そして、首を傾げながらじっと観察する。 「どうかしたのか、嬢ちゃん?」 ゲオルグは酒を飲む手を休め、彼女の方に目を向けた。 「……アマネって、どこの人なのかなぁって。外見だと東方だし、名前は極東?でも、 服は東方中部だよね。ずっと訊こうと思ってたんだけど、どこなの?」 パレッティのじっと見つめたままの目は、好奇心に溢れていた。当の本人は彼女を一 瞥すると、 「ない」 冷めた口振りで返す。これには誰もが一瞬その意味が解せなかった。アマネはそんな 皆に、解明の糸口すら与えない。 「っていうことは、故郷がないっていうこと?」 シェーンが首をひねる。 「正確には違う」 淡々と答える彼に、パレッティはますます混乱する。その様子に、アマネは溜息をつ いた。 「私を結びつけるものなど、何もない。固執する場所も、恋い慕う人間も、邪魔になる だけだ。必要ない」 その考え方を、パレッティは理解できなかった。眉を寄せ、腕組みをする。 「意図的に忘れた。……そういうことですか」 エルディスが苦笑して呟く。すると、パレッティは頬を膨らませた。 「それは良くないよ!お父さんとお母さんがいて自分がいるんだよ?育ててくれた家族 には、ちゃんと感謝しなくちゃ!」 「―――パレッティ、それは人それぞれ事情がある。そうもいかない人だっているのだ」 シャンレイはパレッティの頭を撫でる。見上げたところにあったその顔は、どことな く悲しそうでもあった。―――そうだった。シャンレイは両親を亡くしていた。パレッ ティはハッとして、次にしゅんとなった。 「ごめんなさい……」 「謝る必要はない。ただ、皆が皆、そうではないと言うことをちゃんとわかっていなけ ればだめだ」 シャンレイは小さな微笑みを見せた。パレッティは言葉なく、頷いた。思わず、しん みりした空気が流れる。重々しい静けさが、この場を支配する。すると突然、ゲオルグ が酒を飲み干して席を立った。 「おめぇら、語り明かす気か?エルディスの『明朝』ってのは遅いのかよ?小さい嬢ち ゃんたちも早く寝ろや。朝が辛ぇぞ」 そのまま二階へ上がっていってしまう。するとシャンレイも立ち上がった。 「ゲオルグの言う通りだな。明日、起きたら既にエルディスはいなかった、などとは洒 落にならない」 彼女はパレッティとシェーンを促して、ミサキの寝ている部屋へ向かった。 「見送って下さるなんて、律儀ですね」 エルディスはそう言って、アマネを見た。彼は肩をすくめてそれに答える。 「さて、俺たちも寝るとするか」 ソルティは呟いて、一つ伸びをした。三人はその場を離れ、寝室への階段を上ってい った。 □もういちど聞かせて! ☆もう、眠いや…。 △もっと聞かせて!! |