partita~世界演武
                         熾戒

第三章 忘却の花咲く庭(9)

「なんだ、アマネも行くのか」
 シャンレイは翌日になって、その事実を知った。
「あぁ。私の旅の目的は、高等秘術の研究及び修得だ。エルディスは格好の素材という わけだ」
 表情一つ変えずにそう言うアマネに、シャンレイは苦笑した。
「―――そうか」
 収穫祭の始まったこの町の賑わいに、半ば押し出されるようなかたちで町のはずれま で来ていた。ここから先は、エルディスたちと行く方向が逆だった。
「……それでは皆さん、また何処かで」
 エルディスは会釈をすると、そのまま踵を返した。アマネは何も言わず、その後をつ いて行く。二人の背が見えなくなるまで見送ると、シャンレイたちも歩き出した。
「なんか、あっという間だったな、あの二人」
 ミサキは空を見上げ、一つ伸びをした。
「もぉっ!あとどれくらいかかるのさ、遺跡まで!僕は油なんか売ってる暇があったら、 早く身体を探したいっていうのに!これというのもみーんな、このお節介でどうしよう もないパーティのせいなんだから!シャンレイはお人好しだし、パレッティは何も考え てないし、ミサキは自分を制御できないし、ソルティは単細胞だし……」
 突然、捲し立てるように文句を言い出したのは、ここのところ大人しかったパズズだ。 パレッティは耳元で騒がれたので、耳を塞いでその大声による攻撃を回避しようとした。
「いきなり怒鳴らないでよぉ。頭が痛くなっちゃう」
「イテテテ……。頭に響くだろうが。怒鳴るんじゃねぇ」
「少しは主人のことも考えろよ。それに、お前に単細胞呼ばわりされるのは、すげぇ心 外だ」
 ミサキに続き、ソルティまでが不機嫌そうに避難する。すると小さな黒天使は、青筋 を立てて彼を睨んだ。
「……ソルティ、『不機嫌』はパズズの専売特許だ。少し冷静になれ」
 シャンレイは苛つく彼を窘めた。しかし、その一言は収拾のつかない状態を引き起こ してしまった。
「黙っていればつけあがってっ!今度という今度は絶ぇぇぇっ対に許さないんだからね っ!!」
 パズズが大噴火を起こす。シャンレイはハッとして口を押さえたが、後の祭りであっ た。
「ちょっと、どうするの?魔法唱えてるよ?」
 不安そうに言うシェーンはパズズの方を見ている。翼を広げて一行から離れた使者様 は、何か強力な呪文を詠唱しているようだ。パレッティはすかさず羊皮紙とペンを出す。 そして、素早く魔法陣を描く。
『我を守護せし者よ、冥神の御名において命ず。汝の魔力の発現を禁ず!』
 高らかに告げるパレッティの古代神秘語。その瞬間、魔法陣は光を放つ。同時に、パ ズズの額にも同じ紋様が描かれた。
「はい、おしまい」
 パレッティはニコリと微笑んだ。しかし、何も気付いていない悪戯っ子は、呪文を完 成させてこちらへ飛ばしてきた。
『[レイヴ・ラグ・ウィットール闇に潜みし悪意の洗礼]!』
 暗き闇が、彼らに襲いかかる。
「お、おい!効いてねぇぞ、パレッティ!」
 ミサキは慌てて少女を振り返る。パレッティは余裕の笑みを持って、それに答える。 パズズの飛ばした闇は急に方向を変えた。
「!?」
 そして、パレッティの手に持っている魔法陣の中へ吸い込まれて消える。
「な、な、何をしたのさ、パレッティ!?」
 突然の出来事に喚きだした彼に、パレッティは手の中のそれを見せた。
「馬鹿ぁぁっ!何てことするのさ!?僕の最大級の特殊魔術だったのに!バカバカバカ ァァァっ!」
 空中で暴れるパズズを尻目に、ゲオルグは肩をすくめてみせた。パレッティも呆れた ように溜息をついて、駄々をこねる子供のような守護者を見上げた。
「あれで、冥神の第一級高位体なんだよね……」
「ま、ガキってのは、我が儘だからこそ可愛いんだろ」
 ゲオルグは呟くように洩らした。すると、シェーンは何かに気付いたように彼の顔を 見上げる。
「そういえば、ゲオルグって家族は?」
 その言葉に、ミサキもポンと手を打つ。
「そうだよな。嫁さんもらって、子供もいるんじゃねぇの?」
 しかし、ゲオルグは哀愁の漂う笑みを浮かべ、視線を落とした。
「―――あいつは、家内はだいぶ前に死んじまった。子供はできなかった」
「死んじゃったって……」
 パレッティは、思わず口から零れてしまった言葉にハッとして、口を噤んだ。
「流行病の類だ。薬が開発されて間もない頃だった。高値で売られる薬を買うほど、俺 には持ち金はなくてな。……家内も、お袋も死んじまったよ……」
 ゲオルグはパレッティの言葉を気にすることなく続けた。しかし、声は震えていた。 悲しみで震える、隙間風のようではなかった。むしろ、嵐を予感させる風だ。―――怒 り。それが彼を支配しようとしていた。
「ゲオルグ……」
 何と言っていいかわからないシャンレイは、困惑の表情で彼を見つめていた。場が、 一瞬の静寂に包まれた。
「―――親父が、殺した……」
 ゾッとするほどの低い声音。ゲオルグの中で、怒りが徐々に湧き上がっていた。殺気 にも似たその気に、ソルティは顔をしかめ、シェーンは身を震わせた。
「あいつがロマンチズムだか何だかに浸ったせいで、名門貴族であったコルンベルク家 は没落の一途をたどった。……病にかかった家内も、お袋ですら助けられるような状態 じゃなかった……」
 ゲオルグの拳が、ワナワナと震える。シェーンは思わず、シャンレイの袖をつかんだ。
「……金さえあればどうとでもなった時代に、親父は自分の理想というエゴのために捨 てた!自分の妻を犠牲にしてもな!」
 ゲオルグは吐き捨てるように言う。その険しい顔が物語る、父親への憎しみ。誰もが 彼を止めることはできないと感じていたに違いない。しかし、シャンレイは違った。不 思議そうに、ゲオルグを見つめていた。そして、もう一人。ソルティは他の者のように、 それに威圧されてはいなかった。
「それは違う」
 きっぱりと言い放つ。
「……何が違うんだ?」
 ゲオルグは冷たく見返す。
「金がすべてなんて、そんなわけないだろ。いくら豊かでも、それだけじゃ幸せになん かなれない」
 ソルティは真正面からゲオルグに反論する。その目には、彼なりの正義感が灯ってい た。しかし、男爵はそれを鼻で笑った。
「青いことを言うな。お前もまだ、ガキだな」
「あぁ、俺は子供だ。世の中のことなんて、把握しちゃいない。でも、あんたの言う『金 がすべて』っていうことが間違っていることくらいはわかるつもりだ」
 ソルティはその目を反らそうとはしない。
「物質的な豊かさだけで、人がまともに成長できるわけないだろ。子供は、精神的にだ って豊かな環境で育たなけりゃだめなんだよ」
 ソルティはどこか淋しげな口調で諭した。シャンレイは目を細める。彼は続ける。
「親父さん、本当に奥さんを見捨てたのか?金があれば、本当に助かったのか?自分の 最愛の人間を、そうそう簡単に見殺しになんてできるかよ?」
 何とか理解して欲しい。彼のその思いはゲオルグの心に響いたのだろうか。―――男 爵は目を細めた。
「フン。安っぽい馴れ合いはごめんだ。……契約は、切らせてもらうぜ」
 ゲオルグは小さな革袋を、シャンレイに向かって投げた。
「―――報酬だ」
 そうすると、彼は来た道を戻ろうとした。
「ゲオルグ」
 呼び止めたのはシャンレイだった。男爵は立ち止まる。振り返ろうとはしない。
「あなたの話は、矛盾している。その怒りの対象は何だ?母君と、生涯の伴侶を見殺し にした父君か?それとも、金を……世の中のすべてである金を自ら捨てた父君に対して か?」
 シャンレイの言葉に、感情の波はなかった。
「……言いたいことは、それだけか?」
 ゲオルグが呟く。シャンレイは表情をやわらげた。
「―――また逢おう」
 行くぞ、と皆に声をかける。彼女は目指す方向に足を向けた。力強く、一歩を踏み出 した。皆は一瞬だけ躊躇したが、シャンレイの後を追った。……そして、誰かがそっと 呟いた。
「また、逢えそうだな……」




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