partita~世界演武
                         熾戒

第六章 汝を守るための剣(5)

 二日、三日……。走り続けても、なかなか敵と接触できずにいる。差は確実に縮まっている。しかし、敵の姿は確認できない。

(……気付かれている……?それはもちろんでしょう。でしたら、何故そのまま走り続けるのです……?)

 エルディスは意識を集中した。敵は確かに前方を走っている。雨はやみ、視界は良好だ。そろそろ視認できる距離のはずだった。

「エルディス!おかしいですよ!私たち、どこへ向かっているんです!?完全に今、西の方を向いていますよ!」

「―――!?」

 ウェナーの忠告が響いた。エルディスはギクリとして、手綱を引いた。皆も一斉に立ち止まる。

「……はめられたか?」

 セルリオスは目を細めた。

「そのようですね。私も力に頼りすぎました」

 エルディスは歯がゆそうに顔をしかめる。

「……グレイス、エルディス。行き先の見当はついているのか?……空気の淀みを感じる。相手とはそう離れていないはずだ」

 シャンレイの言葉に、ウェナーがすかさず地図を出した。そして、エルディスとグレイスの前にそれを広げる。

「ちょっと汚いですが、我慢して下さい。予想している目的地を教えて下さい。私が案内します」

 ウェナーは眼鏡をずり上げた。そのガラスの向こうには、鋭い目が光っていた。エルディスは地図を見ると、一箇所を指し示した。

「ここです。一軒だけ、民家が立っています。別荘ですから住人はいません。北側に山。あとは草原が広がっているだけです」

「―――わかりました。真東に行けば、半日もかからないはずです。行きましょう」

 ウェナーは馬を走らせた。その後を、エルディスとグレイスが続く。そして、ミサキ、最後尾にセルリオスが走っていた。シャンレイはセルリオスと並行するように続いている。

「シャンレイ、疲れたらいつでも言え」

 セルリオスは涼しい顔をしている格闘家に声をかけた。突然のことに、彼女もいささか驚いていた。そして、少しだけ笑みを見せる。

「気遣いには感謝する。だが、私は大丈夫だ」

 セルリオスは頷くと、それ以上は何も言わなかった。森を抜ける。平原が広がり、冷たい風が身を切るように襲いかかってくる。北方では、もう冬であった。低い空を、どんよりとした雲が緩やかに流れていく。雲は徐々に切れ間ができ始めた。そこから、何日ぶりかの陽光が差し込んでくる。シャンレイはその時、枯れ草に紛れて光るものを見つけた。自然の中にあるにしては不自然な輝きだった。思わず足を止め、それを手に取る。

(……これは、真珠……?)

 白い、柔らかな輝きの丸い珠。ご丁寧に糸を通す穴まで空いている。彼女はふと顔を上げると、同様の輝きが行く先に幾つも転がっていることに気付いた。

(―――まさか!?)

 シャンレイは先へ行ってしまっている仲間たちを疾風のごとく追いかけた。

「シャンレイ!?どうした?」

 突然猛スピードで走り抜けていく彼女に、セルリオスが声をかけた。

「真珠だ!この周辺に真珠が落ちている!」

「……真珠?」

 セルリオスは訝しげに呟いた。シャンレイはそのままグレイスの元まで走った。

「グレイス!真珠が落ちている!まさか、これは姫君のものではないのか!?」

「―――!?」

 シャンレイが差し出した真珠をシェーンが受け取り、グレイスの手に渡った。グレイスはこの真珠に見覚えがあった。微妙に傷のある、小さな真珠。

―――可愛らしい真珠ね、オクセール。これを私にくださるの?

 嬉しそうに、真珠のネックレスを首にかけていたアリア姫。

―――もしも、誰かに連れ去られるようなことがあったなら……。あってはならないことですが、その時は……。

 オクセールがそのネックレスを姫に渡した理由。

「姫……!間違いないわ。アリア姫はあの家にいる!」

 この真珠は道標だ。オクセールの言ったことを、彼女は忘れなかった。いつもいつも肌身離さず持っていたネックレス。それは万が一の時のためではなく、オクセールからの贈り物というだけで身につけていたことは明らかだ。姫はオクセールが好きだったのだから。

(……それを引きちぎるなんて、姫はどんな気持ちで……)

 考えると胸が痛い。いたらない自分に歯がゆさを感じてしまう。

「エルディス、ウェナー!地面に注意して!真珠が落ちてるの!それを辿って!シャンレイ、貴方はその真珠、できるだけ拾ってくれないかしら。これは姫の大切なネックレスなの」

 痛々しい表情のグレイスに、シャンレイはただ頷くことしかできなかった。

「……グレイス……」

 背中から、シェーンの心配そうな声が聞こえてきた。グレイスは一つ息を吐くと、表情を引き締める。

「―――大丈夫。私は大丈夫よ、シェーン」

 行きましょう。―――気の引き締まるような声が皆の耳に届いた。スピードが上がってくる。一気に走り抜け、目的の家が見えてきたのは、ウェナーの計算した時間よりも若干早かった。一行は馬を下り、家の死角になる木の幹に手綱を結びつけた。シャンレイは少し遅れて到着した。

「ありがとう、シャンレイ。いくつ、見つかった?」

 グレイスが走ってきた彼女に声をかける。

「……二十三個だ」

 小袋の中に入れた真珠の数を数え、それをグレイスに手渡した。グレイスはそれをしっかりと受け取り、グッと握りしめた。

「―――侵入しなければなりませんね。幸いなことに、向こうは私の存在に気付いたみたいです。術はかけていない様子です。アリア姫を無事でしょう」

 エルディスは二階の方に目をやった。

「―――裏口はあるのか?」

 セルリオスはちらりとエルディスの方を見る。彼は軽く頷いて、羊皮紙とペンを用意した。そして、そこに簡単な見取り図を書く。

「……今見えている場所から左に回り込むと、裏門があります。開けると大きな音がするので、気付かれます。門に簡単な術をかけますから、私の合図で門を開けてください」

 エルディスは裏門の部分に印を付ける。

「中にはどうやって?」

 ウェナーが質問する。

「壁のようにしか見えませんが、この部分に扉があります。ここから中に入りますが、……おそらく待ち伏せされていると思います」

 エルディスは羊皮紙から顔を上げ、シャンレイの方を見た。彼女はその視線に気付き、目を細めた。

「私にできることが?」

「はい。陽動です。正面の扉を派手に壊してください」

 エルディスはニコリと微笑んだ。

「……壊していいのか?」

 シャンレイは確認する。

「むしろ、壊してもらった方が都合がいいです」

 エルディスは苦笑する。そして、再び見取り図に線を引く。

「……立てこもっているとすれば、おそらく二階のこの部屋です。階段は正面玄関側と、あとはここに非常用のはしごがあるのでこちらを使います」

 シャンレイは敵をやりこめたら、階段から上がってきてください。エルディスはそう付け足す。

「わかった。とにかく暴れておけばいいのだな」

「はい。ウェナーはここで待機していてください。合図を出したら馬を正面の門の方に移動させてください。ミサキはシャンレイを手伝って正面へ。敵がいなくなったら、正面の門を開けてください」

 ウェナーとミサキはしっかりと頷いた。

「わかったよ。……これは、お前らの問題なんだろ?俺たちはちゃんとサポートするぜ。安心しな」

 ミサキは不敵な笑みを浮かべた。エルディスとグレイスは顔を見合わせた。どうやら、ミサキにも感づかれていたようだ。

「―――ありがとう、ミサキ」

 グレイスははにかんだように笑った。冷たい風が一陣吹き抜けていく。

「……作戦は決まったな。行くぞ」

 セルリオスは皆に声をかけた。一同はそれぞれの顔を見て、頷いた。そしてウェナーを残し、皆は裏門へと向かった。





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