partita~世界演武
                         熾戒

第六章 汝を守るための剣(8)

 

 一方、エルディスに連れられて衣装部屋に通されたシェーンは驚いていた。

「すっごぉい!こんなにいろんな服があるんだ!」

 部屋には数えきれないほどのドレスがあった。

「トラブルがあった時のためですよ。どこの王宮にもこのくらいはあると思いますよ」

 エルディスはそう言って微笑んだ。

「でも、お城の人たちは、私の羽根を見ても驚かないんだね。みんなと同じように接してくれる」

 シェーンは彼を振り返って微笑みを見せた。誰だって必ず悪気はなくてもこの翼に目を向けてしまう。それは当然のことなのかもしれないと、彼女は感じ続けてきた。

「この国には不思議な人物がたくさんいますから。足が鳥のような鈎爪になっている者だっているんですよ。ここではどんな姿格好でも関係ありません。むしろ、一般的な人の方が少ないかもしれませんよ」

 エルディスは衣装を物色しながら呟いた。するとシェーンはふと彼の顔を見上げ、真剣な目をした。

「……嘘、なんだよね。さっきの」

「―――え?」

 トーンを下げて、シェーンは呟いた。いきなり降りかかってきた言葉。エルディスには何のことだかさっぱりわからない。彼女の方に目を向けた。

「……お兄さん。ケヴィンさん、だったっけ。すぐによくなるって、本当は違うんでしょ?」

 少女の言葉に、エルディスは答えを言えなかった。誰にも気づかれないようにしていたが、シェーンには隠せなかったようだった。

「……忘れて。今言ったこと。困らせたかったわけじゃないの」

 聞かなかった方がよかったのかもしれない。彼女はそう思って苦笑してそう返した。

「―――いえ。でも、嘘を言ったわけではないんですよ。兄はすぐに治ります。……もっとも、彼自身が治るつもりがあるなら、の話ですが」

 エルディスは苦笑した。シェーンはどうしたらいいかわからなかった。どんな言葉も陳腐に思えてきて、口を噤んでしまった。エルディスは一着の衣装を手に取る。

「……兄はこのまま死んでいくことを望んでいるのだと思います。私にできることは一つ。兄を死なせないことだけです」

 彼が引き出した衣装は、紫の舞姫の衣装だった。紫という色が象徴するもの。それは夜であり、闇である。彼がその衣装を出した意味を、シェーンは理解した。紫の衣装を着て踊る舞ははたった一つだけ。冥神に祈りを捧げる舞。それは再生を示す「闇よりの帰還」というものだった。

「わかったわ、エルディス。私も一生懸命踊るわ。ケヴィンさんのために。……違うわ、エルディスとグレイスのために」

 シェーンはエルディスの手から衣装を受け取り、最高の微笑みを見せた。エルディスは、この娘が有翼族である以前に人の目を惹きつける理由がわかった気がした。するとメイドたちがやってきて、シェーンを奥の方へ促していった。

「とびっきり素敵な舞を期待していますよ」

 エルディスはそれだけ言うと部屋をあとにした。後ろ手にドアを閉め、エルディスは溜息をついた。

(……私は、何を望んでいるのでしょうね……)

 負の感情の塊のようなもう一人の自分。紛れもなく自分自身である彼は、本当はどうしたかったのだろうか。唯一、幼い頃から笑顔で接してくれた兄。彼を苦しませたいとは、一時も思ったことはない。

(……あの時の私は、自分の愛情を曲がった形でしか表現できなかったのかもしれませんね……)

 兄を反逆の徒であるとしたくない想い。そして、兄が何を望んでいるのかを知っていた自分。―――その結果、もう一人のエルディスは自我を喪失させたのかもしれない。

(―――心を鬼にすることは、私にはできませんでした……)

 暴走していく自分を止めてほしい。それがケヴィンの願いだ。死霊術に手を染めた瞬間から、彼は狂いだしていたのだろう。王弟殿下の紋章の入ったナイフ。あれをつかんだ瞬間、彼は気づいた。幻術に心を捕らわれて、手を血に染めるしかなくなっているケヴィン。その心が自分の居場所を知らしめるかのようにサインを送っていた。

(……すいません、兄さん)





□もういちど聞かせて! ☆もう、眠いや…。 △もっと聞かせて!!