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partita~世界演武 熾戒 第六章 汝を守るための剣(9) 宴は始まった。たくさんの料理と優雅な演奏。そして、メインイベントともいうべき、エルディスのリュートとシェーンの舞。「闇よりの帰還」という舞だとは誰も知らなかったが、ここにいるすべての者に何か訴えかけるような舞だった。もの悲しいリュートの音に合わせて静かに、そして繊細に舞うシェーンはすべての視線を独占した。それが終わると、盛大な拍手が湧いた。 「―――グレイス……?」 ふと、セルリオスは隣に立っていたグレイスに目を向けた。彼女は何も言わず、シェーンたちの方を見たまま涙を流していた。 「……わからないわ。何故だか、自然に出てきてしまったみたい」 グレイスは指先でそれを拭う。そして可笑しそうに笑った。セルリオスはふと微笑むと彼女の頭を軽く叩いた。 「……心に響くものだった。二人の心の現れなのだろう。あの二人は、グレイスと同じ感情を抱えていたのかもしれないな」 すると注目を集めた二人の演奏に変わって、宮廷楽師たちの演奏が始まる。人々は輪になり、ダンスに興じる。そして、その中からエルディスが出てきた。こちらに向かってくる。 「……他の皆は?」 見当たらない二人を捜す。 「ミサキなら向こうで食事をしている。ウェナーもそれについていった」 セルリオスの答えに、そうですかと呟く。 「……グレイス、本当にお疲れさまでした。任務達成、ご苦労様」 エルディスは少しだけ笑った。何故だかその顔が哀しそうに見えて、グレイスは戸惑った。緑色の、豊かさを象徴する色の礼服。エルディスによく似合っていたが、今日だけは違和感があった。 「……ありがとう。でも、素直には喜べないわ」 まだ割り切れないのだ、という気持ちが窺える。 「―――無理をする必要はありません。気持ちを整理することはそう簡単ではないはずですから」 エルディスは肩をポンポンと叩いた。 「エルディスの方が無理しているみたいよ?あなたこそ悩みすぎない方がいいわ。禿げるわよ」 突然そんなことを言うものだから、エルディスは面食らった顔になる。セルリオスも驚きの目で彼女を見た。 「それは少々きついご意見だな」 「大丈夫ですよ、それは。私は多分禿げませんよ」 エルディスはいよいよ可笑しくなって声を立てて笑い始めた。グレイスもその顔を見たら、なんだか気持ちが楽になった気がした。そして、思わずバルコニーの方に目を向けた。アリア姫はそこにいる。宴が始まってから、ずっとそこを離れない。 「……姫、ですか?」 エルディスはグレイスの視線を辿って、そう尋ねた。 「えぇ。まだ、シャンレイが現れていないみたいなの……」 グレイスは苦笑した。セルリオスもどこか難しい表情になっている。事情がわからないエルディスは首を傾げた。 「シャンレイとアリア姫、何かあったんですか?」 「……姫が失恋したのよ。でも、シャンレイが女性だって信じようとしないの。それで陛下が彼女に頼み事を……」 グレイスがそう言っている時、シャンレイが会場に現れた。どうやら礼服を着せられていたようだ。白地に蒼の縁取りがされた礼服。クリストリコの騎士のものだ。紺色のマントを羽織り、珍しく髪を下ろしている。なるべく目立たないようにしているのか、ホールの壁沿いを音も立てずに歩いている。現に皆はダンスや食事に夢中になっているようで気がついていない。 「……私たちが干渉することではないわ。少しは楽しみましょう。ほら、シェーンも戻ってきたわ」 グレイスが目を向けた方には、ドレスに着替えたシェーンがキョロキョロしていた。 「久しぶりにダンスでもしましょうか、お嬢さん?」 エルディスがふざけたように言って、手を差し出した。グレイスはちょっと困った顔になる。 「私、礼服よ?」 確かに彼女の着ている服は近衛騎士の正装だ。華やかさよりも機能性を重視した簡素なものだ。 「関係ないでしょう?あなたは誇りある礼服を着ているのだから」 エルディスは微笑む。彼女は負けたわ、と呟いてその手を取った。輪の中に入っていく。セルリオスはそんな二人を見送り、シェーンと合流した。すぐさま輪の中に引きずり込まれたことは言うまでもないだろう。 一方、バルコニーでアリアは溜息をついて夜空を見上げていた。空気の冷たさなどどうでもいい。そんな気分で小さな星々を眺めていた。 「―――あの日も、こんな感じでしたね」 背後から急に声がかかり、ハッとしてアリアは振り返った。微笑んでいるのは、今はあまり見たくない顔だった。思わず視線を逸らしてしまう。 「こんなところにいたら、風邪を引きますよ」 少々困った顔になりながらも、シャンレイは姫の隣へ行く。そして片手でマントを広げ、アリアの肩を包み込む。 「……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」 うつむいたまま尋ねる。シャンレイはその問いにはちゃんと答えることができなかった。 「私は、優しくなどないですよ」 シャンレイも空を見上げた。何もかもを吸い込んでしまうような暗い空。瞬く星の小ささが心許ない。シャンレイは空を見上げながら腰を落とす。そしてアリアと同じ目線になると、彼女の目を手で覆った。 「な、何っ……?」 驚いて声をあげる姫君に、シャンレイは小さな声で告げる。 「たった今、姫に魔法をかけました。今宵は宴。夢と現の境界線。あなたは身分も何もわからない女性。私はたまたまそこに居合わせた騎士。……一夜限りの魔法です。日が昇るまで、私の魔法にかかったつもりでいて下さい」 そして、そっと手を離す。アリアは思わずシャンレイを見た。シャンレイは少し微笑むと、目の前に手を差し出した。 「私と一曲、御一緒願えませんか?」 ホールから流れてくる、美しい旋律。アリアは一度目を伏せると、戸惑いながらその手を取った。 「わかりました。行きましょう、騎士様」 アリアは本当にその魔法にかかったような気分だった。そんな魔法があるはずがない。しかし、その魔法にかかりたい自分がいた。今夜だけは、何もかも忘れて。日が昇るまでこの騎士と楽しもう。―――シャンレイの言葉は幻惑の魔術のようだった。ふたりはホールの輪の中に入っていく。ひときわ美しい姫君と、見たことのない騎士。彼女たちは皆の目を一瞬にして釘付けにした。 「―――どういうことです、これは……?」 エルディスが呆気に取られていると、グレイスはふと微笑んだ。……あの時、ケネフ一世はシャンレイに頼み事をした。ただ一つだけ。 ―――ほんの少しでいい。あの子に、楽しい思い出を作ってやってくれ。貴殿との出会いが哀しいものでないと思えるように……。 シャンレイは快く承諾した。そして、彼女は告げた。明日には旅立ちたいと思う、と。彼女たちを待っている者がいること。そして、アリア姫がすぐに未来を見つめることができるように。その二つの理由に、誰も文句を言う者はいなかった。 「……思い出よ。あの時は楽しかったという、大切な思い出」 グレイスは笑った。エルディスには何のことだかわからなかった。しかし、アリア姫もシャンレイも楽しそうだった。彼はそれ以上言及しなかった。
□もういちど聞かせて! ☆もう、眠いや…。 △もっと聞かせて!! |