『Noblesse Oblige』
(哉牙)
「きっと兄様は申公豹に操られているんだ!!」
そうじゃないってことは、自分が一番よく分かってる。
あれは兄様の意志。
でも、でも……
崑崙山に来てから、兄様は時々ひどく考え込んでることがある。
そんな時は僕が見ていることも気づかずに苦しそうな顔をしている。
僕はそれが悲しくて、傍に寄って、兄様と呼ぶ。
すると兄様は、笑って僕を抱き寄せてくれる。
「どうしたんだい? 殷洪」
兄様はとても優しくて、僕は悲しくなる。
「大丈夫だよ。お前は私が護るから。何も心配しなくていいんだよ?」
泣き出しそうな顔をしてる僕の頭を、兄様は優しく撫でてくれる。
僕は、兄様に護られていたいんじゃない。僕も兄様を護ってあげたいんだ。
独りですべて抱え込もうとしないで。兄様の考えてることは僕には分かる。
兄様がずっと申公豹の言葉に悩んでることを僕は知ってた。
殷の太子はあなただけではない。だから、その痛みを僕にも分けて。
何度も言おうとして、その度に言葉は胸の途中でつかえた。
兄様は優しく髪を撫でてくれる。
その優しさが、僕にはとても辛かった。
番天印の前に僕は飛び出していた。
兄様にこれ以上人を傷つけてほしくなかった。
「も…もう……これ以上…仲…間を殺さない…で…」
優しい兄様、あなたがこれ以上苦しむのは見たくない。
大好きな兄様。本当に、本当に好きだったんだ。
気がつけば、僕は白い床に倒れていた。
白いのは床だけじゃない。壁も、天井も何処までも白い。
「ここが封神台の中…?」
やがて一筋の光が飛んできて、人形を作り始めた。
「兄様!」
僕は駆け寄って、その身体を抱き起こす。
「兄様、兄様」
兄様はゆっくりと瞼を開けた。
「兄様……」
僕の瞳から、止め処も無く涙が溢れてくる。
「……殷洪……」
兄様の掌が、僕の頬に添えられる。
「……お前だけは、生き続けてほしかった…」
兄様の顔が苦しげに歪められる。
「……お前だけはっ……」
兄様の瞳から涙が零れた。そうして兄様ははじめて僕の前で泣いた。
「いいんだよ。兄様。…兄様も僕もせいいっぱい生きたんだから。僕は後悔してない」
僕は幸せだったんだよ。兄様の弟として生まれて。後の人が、僕たちの行動を愚かだと嘲笑っても、僕たちは精一杯生きたんだ。
「ああ。私も悔いはない」
僕の大好きな兄様が笑ってくれる。僕は嬉しくて兄様に抱きついた。
兄様は優しく僕の髪を撫でてくれる。
僕は、唯々嬉しくて、またひとつ涙を零した。
終
ここに置くか地下室に置くか悩んだのですが、あくまでこの話は表です。(哉牙)