『虹〜あかねさす〜』

(桂)

 

あかねさす紫野行き標野行き 野守は見ずや君が袖振る
                                (額田王)

 その日は朝は大雨、昼から晴天という珍しい日だった。めったに天気など気にしない聞仲は窓から外をながめていた。その表情はやわらかく、いつものけわしさが見えなかった。
「虹がでてるな・・・。」
 雨の通り過ぎた空に大きな虹が出ていた。
「ああっ!本当だ。綺麗ですねえ。」
 張奎が同じように空を見上げる。めずらしく微笑んでいる聞仲に驚きながらも喜んで。
「なにかの吉兆だろうか・・・」
 聞仲が誰に聞こえるでもなくポツリっとつぶやく。そういえば・・・。
「そういえば、武成王の奥方が産気づかれたとか・・・。もしかして生まれたのかな?」
 勘のいい部下の言葉にびっくりしつつ相槌をうつ。
「飛虎か、今はどうしているだろうな。」
 たぶんあたふたしているに違いない。初児だ。男の子であれば将軍に女の子であれば妃になるべき子であろう。
 男であればいい。聞仲はそう思った。女の子であったら悲劇かもしれない。愛する人よりも妃として地位に縛り付けられるのだから・・・。
  そう、あの人も・・・・。
 聞仲の脳裏に一人の人物が浮かんだ。そういえば、あの日もこんな日だった。
二人してずぶぬれになって・・・。妃となるあの人と臣下のままの自分。その形作られる前の日・・・そして最後の日のことだった。

 「すごい雨だったねえ、聞仲くん。」
 最後の修行を終える間際振りだした雨にぬれながら、聞仲と朱氏はちいさな東屋に非難してきたところであった。
「髪もびしょびしょだぞ?朱氏。明日は大切な日なのに風邪を引いたらどうするんだ?」
東屋にあった綺麗な布を見つけそれを朱氏に渡す。自分で言い出したが明日のことは話したくなかった。
「ありがと。でも大丈夫だよ。あたいが風邪を引いても。そしたら後宮入りが中止になったりして。」
受け取った布で髪をふきつつ朱氏はぽつりと洩らす。冗談めかした言葉にほんの少しの本音を含みながら・・・。
「・・・朱氏。それはありえない。陛下は君を愛しておられるはずだ。」
じっとまっすぐおのれの瞳をみつめるまなざしから視線をそらしながら聞仲は言う。多くを語る視線。朱氏の言葉以上にそれは物語っていた。
「・・・そう、そうだよね。将来あたいはお妃様だもんね。陛下も愛してくださるから・・・。でもね、でもね聞仲君、あたい・・・聞仲君が。」
「朱氏!!!私は陛下に忠誠を誓っている。」
声を荒げてさえぎる聞仲に朱氏は悲しく微笑んだ。
「分かってる。あたいもだもん。陛下に忠誠を誓ってる。命令には逆らえない。
何があっても裏切ることなんて出来ない。これまでも。これからも・・・。でも、今だけ自分のために生きてみたい・・・。だから、だからこれはこの虹がみせる最後の夢。」
朱氏は窓を大きく開けいつのまにか上がった雨とそして雨の代わりにある大きな虹を見せる。
「・・・朱氏。」
聞仲は虹を見た。大きな綺麗な虹。すぐそこにあるような、でも決して手が届かないようなもの。
「あたい、聞仲君のことが好き!」
朱氏ははっきり言って大きく笑った。嘘偽りのない心。そのうちを明かすことによって朱氏の心は輝いた。
「あたいはずっと聞仲君のことが好きだった。でも、でも・・・。」
一瞬朱氏の顔が曇る。
「でも、答えは聞かないの。聞いちゃいけないの。それでも、それでもいい?あたいの気持ち覚えていてくれる?」
朱氏は聞仲に歩み寄る。酷いことをしているとは分かっていた。でも二人には虹が届かない場所にあることを知っていた。
「ああ・・・。分かった。朱氏の気持ちも自分の心も、この虹も・・・。決して忘れない。」
聞仲の言葉を聞いて主氏は聞仲を軽く抱きしめた。顔はそむけたまま。
「ありがとう、聞仲君。」
最初で最後の抱擁。嘘偽りのない心で二人はお互いを抱きしめ合っていた。
「朱氏・・・。幸せになれ。」
「・・・うん。」
「いつまでも私の忠誠は陛下と朱氏と、・・・生まれる子にある。」
「忘れないでね・・・。」
「もちろんだ。」
「ねえ、聞仲君。」
「なんだ?」
「最後に私のこと名前で呼んでくれる?
「・・・・・」
「お願い・・・。」
「・・・・・禄・・・翡・・・」

「聞仲〜〜〜!!!」
建物を揺るがすような声が聞仲の思いを現実にもどす。飛虎だった。
足音が近づいて、そして扉が開く。
「生まれたんだ、男の子だった。」
世界で一番幸せそうな顔をして飛虎は言った。
「そうか、よかったな。」
「おめでとうございます。武成王」
聞仲と張奎は飛虎と同じように喜ぶ。
子の誕生、命の誕生。それ以上に飛虎の喜びようが周りにも伝わっていた。
「ああっ、ありがとう!俺は今最高に幸せだよ。っで、子供の名前なんだけど聞仲考えてくんねーかなー?」
飛虎の思いがけない申し出に聞仲は心底驚く。
「頼めねえか?」
「いや、しかし初児だろ?お前が考えなくていいのか?それに賈氏はどう言ってるんだ?」
「賈氏もお前に受けて欲しいって思ってる。どうだ?なんかいいのないか?」
飛虎ははっきり言うと聞仲に答えを求める。聞仲は助けを求めるように張奎を見た。
「聞仲様、がんばってください」
「聞仲!」
期待に満ちたまなざしで二人は聞仲を見る。腹をくくって聞仲は考え込んだ。
「・・・天・・・禄。天禄。」
小声で聞仲はつぶやく。
「前に子供には(天)と付けたいと言ってただろ、飛虎。それでなんだが・・・」
聞仲は黙り込んで飛虎の反応をうかがう。
「天禄か、いいぜ、いいよー聞仲!まじにいい名前だ!!」
飛虎は聞仲の手を握るとぶんぶんと振りまわして喜ぶ。
「お、おいっ、分かったから・・・。」
手を離せ。そう言いたかったがあまりの喜びように聞仲は言葉を止める。見ると張奎もうれしそうに喜んでいる。
「さっそく賈氏に伝えてやらないと・・・。ありがとな、聞仲!」
言い残すが早いか飛虎は部屋を飛び出して行った。
「全く騒がしい奴だ。」
聞仲は苦笑すると張奎を促し仕事に戻った。不覚にも名付け親となってしまったことに少なからず喜びながら・・・。

朱妃が死んで300年。今だ聞仲の忠誠は殷とその主の元にある。時代が過ぎても忠誠は変わらず。そして己が死してもその誓いをたがうことはないだろう、あの日の約束のように。決して・・・

紫のにほえる妹を憎くあらば人妻ゆえに我恋めやも
                             (大海人皇子)

              −終ー


この作品を哉牙にあげちゃいます。遅い遅い誕プレ(笑)
最初で最後になるであろう聞仲主人公のお話です。
なぜ書いたのか自分でも不思議。(たぶん今は無理)
ちょっと解説。
文中にでてくる朱氏の名前は「禄翡」(ろくひ)もちろん創作です。
こじつけ半分(天禄との)&某小説の字は違うけど登場人物の名前です。ちなみにかなり脇役。しかも悪。っが心残りなのはごろの悪さ。
桂のネーミングセンスの悪さの現われですね・・・。ごめんね、朱氏。
冒頭&終わりの和歌は万葉集から。そもそもこの歌を使いたいが為に書いた気が・・・。意味はまた調べてください♪
っということで、哉ちゃん誕生日おめでと☆

(桂)

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