『ぼくらがうまれた理由』

(京野巽)



耳元で風がうるさい。
少年は、崑崙の山々の中を、目的もないままひたすら飛行していた。
ただ太乙真人のそばに、乾元山にいたくなくて。
崑崙で唯一の宝貝人間、ナタク。
仙界入りして以来、彼はしばしばこのような行動に出ていた。

「おや、きみは今噂の宝貝人間くんじゃないか?」
速度をゆるめて一旦止まろうとした時、計ったようにどこかから声がかかった
周囲を見回すが、人影は見えない。
「こっちこっち」
今度は明らかに、後方斜め下から聞こえた。
見下ろすと、小さな直方形の岩の端に男が一人座って手を振っている。
「…なんだ、キサマ」
ナタクの無遠慮な問いに、男は少し笑った。
「うちの雷震子もたいがい礼儀がなってないけど、きみもなかなかだな」
四角い帽子から下がった三日月が揺れた。

男は、終南山玉柱洞の雲中子と名乗った。
ナタクの方は名乗らなかったが、相手は彼を知っていた。
「太乙真人のところのナタクくんだろう?一回会ってみたいと思っていたんだ」
弟子に礼儀を教えなかった仙人は、相手が何も言わずにいるのに気にする風もない。
「なにせ太乙が造った最高傑作だからね、身体機能もしっかりしてるらしいし。
 そういえば最近、山脈のあちこちを飛んで回ってるらしいけど、故郷は面白いか?」
それまで無反応だった霊珠の少年は、いきなり険悪な視線を向けた。
「故郷なんかじゃない」
その声も険悪だったか、雲中子は何もなかったように同じ調子で言った。
「きみは乾元山で千五百年かけて造られたんだろう?まあ、憶えていないかもしれないが」
「造ったのは太乙真人でも、あいつは親じゃないし、懐かしくもないこんな場所
は故郷なんかじゃない!」
雲中子は興味深そうに、機嫌の悪い宝貝人間を見つめた。
生まれて間もないと聞いたが、考える力はそれなりにあるとみえる。
「だけど、親は親だろう。太乙がきみを造ったのは事実なんだから」
「…自分の都合で勝手に造ったんだろう。それが親か?」
ナタクの表情が、さらに少し硬くなった。

この子が太乙真人と一緒にいたがらないというのは知っていた。
太乙が、自分から終南山にやってきてぼやいていったのだ。
その時は話半分に聞いてやったものだが…ふーん、つまりそういう理由だったわ
けか。
あらかじめ、何かを決められていたかのような出生。
だけどそれは。

雲中子は、雷震子よりも少し幼くみえる少年に向かって、静かに笑いかけた。
「それが親だよ、ナタクくん」
言われて、ナタクは一瞬わけがわからなかったようだった。
「それが……親?」
「ああ、そういうものだよ、親っていうのは。自分のために子をつくるんだ。そ
れが順番っていうものだ。生き物はみんなそうやって続いていく」
生体科学者は、すらすらと話す。
「大切なものが欲しいんだよ、子を生む親は。一緒に生きてくれるものが。 …
まあ、人にもよるけれど」
「……オレは兵器だ。戦うために造られた。一緒に生きるためにつくられたわけじゃない。現に、李靖はオレを疎んでいる」
雲中子は笑った。
「その李靖のことはよく知らないが、太乙はきみをただの兵器とは思ってないんじゃないか?人にもよるっていうのは、自分の作品に対する思いも同じことだ
よ。そう、子というのは親の作品のようなものかもしれないしね」
「………」
ナタクは、しばらく黙りこんでいた。

彼は母のことを思った。そして、太乙真人のことを。
顔を思い出すだけで腹の立つ李靖のことも、少しだけ思い浮かべてみた。
親。
宝貝人間である自分には、事実上三人いる。
……三人は皆、大切なものが欲しかったのだろうか。

沈黙の後、いきなり風火輪が火を噴いた。
「おや。帰るのか?」
「…帰るわけじゃない。行ってやるんだ」
崑崙屈指の礼儀知らずでもある宝貝少年は、相変わらず見下ろしたまま言うと、挨拶も無しに乾元山方向へと飛び去った。
「面白い子だな。…今度会ったら何かあげてみようか」
礼節よりも生体科学が気になる雲中子が、岩の上で一人呟いたその時。
「やいテメー、雲中子!!!」
怒鳴り声に振り返ると終南山方向から黒い影が一直線に接近してくる。
「おお、雷震子。思ったより遅かったな」
のんびり手を振る雲中子を、雷震子は怒鳴りつけた。
「ってことは、やっぱりあれはてめーの出したモモのせいだな!?おかげで半日も体が動かなかったじゃねーかよ!!」
「ふむ、半日……。そうか、あの量だと半日か。もうちょっと早く切れるかと思ってたのに」
「………」
なんでこんな奴が弟子をとっていいんだ?

結局一緒に終南山に帰ることで、師弟の話はなんとかまとまったようだった。
雲中子が座っていた岩は、その話し合いの間に雷で削られまくり、直方形ではなくなっていた。
「今度妙なモノ食べさせたら、絶対ぶっ殺してやるからな!」
無駄だとわかっているのだが、一応言っておく。意思表示は大切だ。
「俺様は、テメーの実験につきあいに戻ってきたわけじゃねーんだからな」
「うんうん、それはわかってるよ」
わかってるんだかどうなんだか、読めない表情で雲中子はうなずく。
雷震子は肩を落とした。
帰りがけに、雲中子はナタクが消えていった方角を振り返った。
あの子は太乙とどうしているだろうか。
「…ちょっと親切にしすぎたかな」
苦笑する雲中子に、雷震子が変な目をした。
「なにぼそぼそ言って笑ってんだ?気色悪ぃな」
そういえば、と雲中子は、この弟子は捨て子だったということを思い出した。
この子を生んだ親は、この子と一緒に生きたかっただろうか。
「いやなに、きみが来るまで暇だったもんだから、少しガラじゃないことをやってしまったのだよ」
「ふーん…」
変人がするガラじゃないことといったら……普通のことだろうか?
雷震子の不審そうな視線を受けて、雲中子は軽く肩を叩いた。
「さ、帰ろう」

これから数年後、ナタクと雷震子は戦場で出会うことになる。
そしてその戦いを機に、殷と周、崑崙と金鰲の大戦争が始まる。
親が子を生かすために。
大切なものを守るために。
歴史とは、そうして続くものかもしれない。

 

<終>


HP「月刊封神」への投稿から再録。適宜改訂。
私なりの親子観を書こうとしたら、ナタクが描きにくくて苦しみました・・・。
ラストの文は、封神観というか歴史観というか戦争観というか。
(京野巽)

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