『雷鳴 〜余白の未来〜』

(京野巽)




激しい雷雨が、崑崙山脈を白く煙らせていた。
終南山の洞府にも、雷鳴が響いてくる。
美しく閃く稲妻を飽きずに眺めながら、雲中子は飛び出していった弟子のことを
考えていた。
異形の姿に変えられた雷震子。
もはやあの子は、自分を師匠とは思っていまい。
崑崙一の「変人」は、苦笑した。

徒弟制度を無視して実験三昧の日々を送っていた雲中子が、玉虚宮に呼び出され
たのは数年前。
命を受けて、仕方なくとった弟子だった。
情などかけるつもりもなく、ただスパルタ式で教育してきた。
たいした関心はないと思っていた。
しかし。

「封神計画?」
「そう。そのための封神台を今造っててね。霊珠のこともあるし、まったく最近
忙しいったらないよ」
科学書を借りに来た太乙真人から聞いたのが、最初だった。
興味を持った雲中子は、いつも薬品類を貸しているのを恩に着せ、詳しい内容を
聞き出した。
それは、どこからでも穴が開けられそうな、ずさんな計画に聞こえた。
あの妲己が、はたしてそんな計画のもとに封じ込められるだろうか。
聞きながら、面白半分にそんなことを考えていた。

その夜。
いつものように疲れ果てて寝こけている雷震子を、雲中子は見下ろした。
そういえばこの子は、血のつながりがないとはいえ、あの姫昌の息子だ。
今回の計画に深く関わる可能性は高い。
だが、このペースでは、このままいったら確実に死ぬだろう。
そして永遠に封神台に閉じ込められる。
封神の書の余白に、名を書き加えられて。
それは実に不快なことではないか?
私はそんなことのためにこの子を育てたわけでは……。
そこまで考えて雲中子の思考は一瞬止まってしまった。
…私は、別に弟子のことなど、どうでもよいと思っていたはずではなかったか?
少々呆然として、ぐっすり眠りこんでいる弟子の顔を見つめた。
ここ数年、毎日見てきた子。
少し躊躇したが、そのまま手をのばしてそっと頭を撫でてみた。
触れられて、8歳の子供はムニャムニャと身じろぎした。
「おやじぃ……」
雲中子は目を丸くしたが、次には微笑して小さくつぶやいた。
「やれやれ、子供というのは恐ろしいものだね」
そしてしばし無言で思案した後、宝貝実験用の部屋の扉を開けた。
この子供を生き残らせるために自分ができることは、そうたくさんあるわけでは
ない……。

そして、翼を生やした弟子は逃走した。
今頃何をしているやら。
雲中子は、雷雨の彼方の人間界を思った。
バカでないならきっと戻ってくるだろう。
もっと強くなるために。
師弟の絆など別にいらない。雷震子が自分をどう思おうが知った事ではない。
ただ、自分はあの子を強くすればよいのだ。
玉虚宮にはめられたか、と一人小さく笑って、雲中子は窓を離れた。
雷は少し遠ざかり、雨脚も弱まってきたようだった。


<終>



HP「月刊封神」に投稿した話の再録です。
少しだけ改めました。
今の私の中の雲中子像とは少し違います。
そういえば、これを書いた頃はこんなイメージで夢見てたなぁ・・・。
(京野巽)

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