これは「月光ソナタ」という流川ヴァンパイア本の番外編として
『Overheat』という本に載せていたお話です。

冷たい月光が目の前の男のイメージと重なっていたあの頃───
「こいつはヴァンパイアだったんだよな」
微睡みから醒めた花道は、月明かりに照らされた秀麗な男の顔を見下ろしていた。
微かに聞こえる男の寝息が、こんなにも安心できるようになるなんて………。
花道はうっすら頬に朱をさして、唇を尖らせた。
「何だってこの俺がこんなヤローに!!」
思わず花道は声を上げずにいられない。
よもや元ヴァンパイアの、しかも自分と同じ男に惚れるなどと、いつ想像しえただろうか。
しかも彼は自分の通う学校の教師だったのだ。
人間となった彼の居場所は戸籍上は存在しない。
けれどこうして花道の側にいる事が、当然の如く居座っている。
それを花道の方も何も言えないのだから、結構それはそれで上手くいっているのかもしれない。
だからと言って、こうして2人仲良く並んで…しかも男同士で裸のまま寝ているというのは、
どうしても羞恥心が沸くと言うもの………。
花道が思わず上げた怒鳴り声にもこの男は反応しない。
寝汚さでは彼を超える者はきっといないだろう。
月明かりが、ただでさえ白い男の顔を余計に白く浮き上がらせている。
正反対に漆黒な髪が額にそっと掛かっている。
今は閉じられている瞼の奥にある瞳も同じように漆黒だった。
まるで月の出ていない闇夜のような漆黒だ。
花道は自然にその髪に指を伸ばしていた。
さらりと黒髪が花道の指の間を擦り抜ける。
こうしてこの男を前にする度に、トクリと騒ぎ出す胸はいつまで経っても変わらない。
「ルカワ……」
今では手放せなくなった男の名を口元に浮かべながら、花道は胸に熱いものを感じていた。
そんな時、突然男の瞳が開いた。
「…何だ、どあほう……」
今の今まで寝息を立てていたはずの流川が、いつものように彼なりの愛称で花道を呼ぶ。
花道もそれにはすっかり慣れてしまった。
「お、お前寝てたんじゃねーのかよ!?」
はっきり言って驚いた。
この瞬間まで寝ているものとばかり思っていたから………。
「…てめーの声と、この指が起こした」
そう言いながら、流川は花道の指を自分の口元に持ってゆく。
そうしてそっと口付けた。
「─────ッ!」
その行為にカ──ッと頬を染めて花道は怒り出す。
「だぁ───ッ! 恥ずかしいヤローだな。ンな事すンな、バカッ! おい、ルカワ! 離せって!」
いつまで経っても離しそうにない流川に、花道は罵声を飛ばした。
「……夜中にうるせー奴だ。どーせならさっきの声聞かせろ」
「さっきの声?」
きょとんとしているのを良い事に、流川は掴んだままの花道の指に舌を這わせた。
「あっ……」
思わず上がった声に流川の口元が緩む。
花道はそこでようやく流川の意図に気づいて顔を真っ赤にさせた。
「てっ、てめーは! 何すンだ!?」
「…さっきの続き……」
──甘くて熱く濡れるボディトーク──
花道は流川が何を言っているのか理解した。
「お、お前さっき散々やっただろうが!」
顔どころか耳まで真っ赤にさせて怒鳴る花道に、流川はしれっとして答えてやる。
「…てめーのせいでこうなっちまった。責任取れ……」
そう言って流川は空いた手で自分の下腹部を指差した。
そこには言わずと知れた誇張した流川がいた。
「し、信じられねーッ! 俺は嫌だ! 明日練習だってあンだからなッ!」
「…明日は練習ねーって言ってたじゃねーか」
花道はバリバリのバスケ部員だ。
かつて流川は花道のいるバスケ部の顧問をしてはいた。
けれど人々から流川の記憶が消されてからは、当然彼が教師を名乗る事はない。
ただ単に、花道を間近に監視する為だけに利用した口実だったから……。
流川は最早、この花道の家に住み着いているただのプータローでしかない。
生活のリズムだってない。
一方、花道は湘北高校のバスケ部のエースだ。
……というのは花道の自称であるが、実際そう違っている訳でもない。
高校生ともなれば日曜を除いた毎日学校に通うのが当然である。
ましてバスケ部員である花道は、休みであろうとも部活がある。
ところがたまたま明日は練習がなくて、祖のことを夕食時に流川に零していたのだ。
それを知った流川はさっきまでその事を理由に,散々好き勝手に花道を貪ったばかりだった。
「ち、違う! 間違いだ! そう、練習あったんだ! そう言えばッ!」
悪あがきだと知りつつも、花道は暗闇で流川に抗議する。
「嘘つくンじゃねー、どあほう…」
流川は掴んでいた花道の指に、再び舌を絡ませた。
「やっ…ルカ……ッ」
流川の舌先が指の間を擦り抜けただけなのに、花道の身体はすっかり熱くなってしまう。
こうして流川の愛撫にすぐ陥落するのに、いつも一言二言言わなければ気が済まない。
悪態でもつかなければ、やっていられない。
だって無性に恥ずかしいし、照れてしまうではないか。
けれど指に流川の吐息がかかるだけで、舌が僅かに触れるだけで身体が反応してしまう。
流川に仕込まれたせいなのか、元々感じやすい敏感な身体を生まれ持った所以か……。
精力絶倫な流川と出逢ってしまった事が、彼の不幸の始まりなのだろう。
いや、不幸という訳じゃない。
それは花道自身が良く知っている事だ。
こうして身体を重ねて互いの体温を感じるのも悪くはない。
確かに悪くはない。
痛みよりも勝る快感を覚えた今となっては───
ピチャリと濡れた音が花道を刺激する。
流川が舌を触れさせている指からは、とてつもなく熱い熱が生まれてくる。
その熱は確実に集まっていった。自分の身体の中を、狂ったようにその熱が広がってゆく。
そして一番その熱が集まるのは、流川も同じように感じているだろう下腹部だった。
「…んっ…ルカワ……」
甘い吐息交じりの花道の声──
愛しい者がこうやって自分の名を紡ぐだけで、こんなにも熱くなる。
流川はガバッと起きあがって、花道を組み敷いた。
「…どあほう……」
欲情に濡れた瞳を晒しながら、流川は甘く囁いて口付けを落した。
重ねられた唇がどちらからともなく開いて、深く口付けてゆく。
「…ンッ……くっ……」
時折零れる花道の声が2人を煽った。
舌先と舌先が絡み合って、甘く痺れてゆく。
花道だって、決して嫌がっている訳じゃない。そんな事は流川はとっくに承知していた。
今だってこうして自分の口付けに応えているのだし、それ以上の事も何だかんだと言いながらも
受け入れている。
唾液が口腔から零れるのも構わずに、ただただ2人は口付けを交わした。
「…はぁ…あぁ……ぁ…」
唇が離れた途端漏れるのは、互いの熱い吐息だけ……。
流川は闇の中でじっと花道を見下ろした。
微かに入る月影が、濡れた花道の唇を浮かび上がらせている。
それが目に入って、流川の胸がドクンと激しく鳴った。
ヴァンパイアだった時には、この唾液にさえ身体中が騒がれたものだが、
今はそうじゃない。確かに胸も身体も騒ぐけれど、それは愛しいが故の欲情としてだ。
食らい尽くしたいと思うのはその欲情からであって、かつてのように《食事》の対象─獲物として
ではない。
「……てめーが欲しー……」
流川の甘く低い声が花道を堕としてゆく。
目眩く快感だけを求める欲情に溢れた世界へ──
2人は絡み合って堕ちてゆく……。
「…食っちまいてー……」
流川の呟きに瞼を閉じて、花道は彼の首に両腕を回す事で応えた。
恥ずかしくて瞳など開けていられない。
それに薄く笑って、流川は花道に引き寄せられるままに唇を重ねた。
今度は容赦なく、激しく彼の全てを貪い取るかのように───