Go it!

 ここ桜木医院は町の小さな診療所。
桜木花道はその若き医師だった。
 親の後を継ぎ、一度閉鎖していたこの診療所を再開したのが2年前……。
大学で研修医・臨床医を経て、父の残した桜木医院で開業したのだ。
 高校生の頃まで、父の後を継ぐ事なんて全く考えてなかった。勉強もあまり好きではなかったし、何しろ父親はムリに花道を医学の道へと進めようとはしなかった。
『自分の好きな人生を送りなさい』
 それが幼い頃からの父の口癖だった。
だから花道はずっと虜になっていたバスケに明け暮れた日々を送っていたのだ。

 それが一転したのは、父が病に倒れた時だった。
医者の不養生とは良く言ったもので、ムリを押して仕事を続けた結果がまさにそれだ。
 父親が一人で開業していた「桜木医院」はそれから急遽閉院せざるを得なくなり、あんなに大きく見えていた父親の背中が随分小さく感じたものだ。
 それからだった。
花道が自分とは無縁で全く自分の人生の中に考えてなかった医学の道に進もうと決意したのは、それが切っ掛けだった。
 そう思い立ってからは、とにかくがむしゃらに勉強した。
朝も夜もなく、詰め込むだけ詰め込んでの受験…。
当然落ちるものだと思っていた入試も運良く合格し、当時、学校の教師からも『奇跡の合格』だと驚愕されたものだ。


 花道が流川と出逢ったのは、花道が丁度バスケを手放し医学の道を選択しようとしていた頃の事だった。
 いつも練習で明け暮れた後、近所の公園のリングで、物足りずにボールを追い掛けていた時、まだ子供だった流川と出逢った。
 流川がバスケを知ったのは、花道の存在があってこそだった。
 飽きもせず、ただリングに向かってボールを追い掛けていた花道の姿に憧れてバスケの道に入ったようなものだ。

 慕われる事は、花道だって嫌な気分はしない。
 教えてくれと言われて、子供相手だというのに真剣に相手をしてきてもう何年経ったか……。
 あの頃のようにただ純粋にバスケ絡みで慕ってきてくれるのなら、花道自身もここまで邪険にするはずもない。
 医師となり、ここ桜木医院で診療し、往診に駆けつけたりと多忙な花道を、「バスケしよー」と勧誘してくれるのは本当に嬉しかった。
 2度と触れる事もないだろうと思っていたボールに触れられる喜びは、言葉に出来ない程の歓喜だった。
 けれど流川が仕事後の花道をバスケに誘うのは別な目的もあった。その理由が何とも厄介だから、花道がここまで流川の来訪に渋顔を向けるのだ。

「……どあほう、好きだ………」
 そう熱っぽく愛を語るのだ、花道を相手に!
だから花道は困惑せずにはいられなかった。
 慕ってくれるのは確かに嬉しいけれど、そういう意味合いを含まれると正直言って困ってしまう。
 流川の事は嫌いじゃないけれど、そういう意味合いで好きな訳でもない。
 それなのに若さを武器に彼は攻め立てた。
とにかく、流川の熱い情熱だけはいくら鈍感な花道でも感じる事は出来た。
 そんな流川が本当はどんな欲望を持っているのかも薄々気付いている。
 だからと言って同情でそれに付き合ってやる義理もない。
何しろ同情で付き合ったとしても、きっと流川はそれでは満足しないだろう。
 その想いは本気だと言う。
だったら冗談で返す訳にもいかない。
 花道はこういう所ではいやに律儀な面を持っていた。
 正直にその想いには応えてやれないと真剣に返したというのに、流川はその一言で納得も諦めもしない。
 こうして毎日診療所に現れては「バスケしよー」「どあほう好きだ」と壊れたレコードのように繰り返した。

 そして今も……。



 人に慕われる花道の元には、用もないのにこうして近所の暇な老人を中心に集まってくる。
 診療時間はとっくに過ぎたというのに人が途絶えない。それが、花道が開業して以来の桜木医院での毎日の光景だ。
 なかなか帰る気配のない彼らに、流川がブチ切れるのは時間の問題だった。
 花道と二人っきりになりたいのに、彼らが邪魔をする。
分かってそうしているのか全く分からない。
何しろ流川の何倍も長く生き長らえた人生の大先輩。流川如きの若造が敵うはずもない。
 からかわれている事にも気付けないで、毎回毎回花道への独占欲を剥き出しにしては遊ばれている。
「……診察が終わったンなら、さっさと帰りやがれ」
「コラァ─────────!! 何て口ききやがるッ! 帰るのはてめーの方だろ!? お年寄りを敬えって何回言ったら分かるんだ」
「……どあほう。大体てめーがそーやって甘い顔すっから悪りーンじゃねーか……」
「ンだと!?」
 いつものように始まった二人の口論に、お年寄り達が微笑ましそうに笑っている。
 そして……。
「さて、坊も来た事だし、そろそろ退散するかね」
「そうじゃのぅ」
 まるで寄り合いかのように集まっていたお年寄り達は、二人のいつものじゃれ合いのような口論に、漸く重たくなっていた腰を上げた。
「それじゃあね、花ちゃん。また明日」
「仲が良いのも程々にね」
 花道が心から流川の来訪を嫌がってないと分かっているから、彼らもこうして流川に対して寛大だった。
「あ。お、おぅ。気ぃつけて帰れよなー」
 わらわらと帰途に着いてゆく老人達が視界に入ると、花道は彼らのの背中に声を掛けた。
 あっさりと自分を構わなくなる花道に、流川の眉間が寄せられた。
「……どあほう……。そんなんいーから、バスケ……」
 子供のような流川の我が侭に、花道は溜息をついた。
「駄々っ子みてーな事言ってンじゃねーよ。大体バスケの練習なんて、嫌ってくらい部活でしてきたンじゃねーのか?」
「…おめーとがいー。どあほうとバスケしてー……」
 熱っぽく語るその瞳は子供のようでいやに男臭くて、花道は思わず視線を外して口篭もった。
「……てめー、変わってんな。ガキの頃から」
 そう呟く花道の頬は、何故か朱を帯びていた。


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