Go it!

   ◇◇◇
 ガコンとボールが跳ね返って空を舞う。
それを二人の男が薄暗い公園のリングの下で追い掛けていた。
息が乱れ、汗が全身に滲む。
 それなのに心地良かった。
 花道も流川も、沸き上がる衝動に突き動かされるように、ただただ相手を交わしながら、ひたすらボールを追い続けた。

「はぁー、熱っちー」
 汗に濡れたTシャツをパタパタと仰ぎながら、花道はささやかな涼を求めてリングのポールに凭れた。
 流川の方も弾んだ息をそのままで、水道の蛇口から溢れ出る水の中へ頭を突っ込んで熱さを紛らわせている。
 ブンブンと頭を振って水気を飛ばす流川を何気に見つめながら、花道は乱れた息を整えた。
「やっぱり現役とは違うなー。身体がついていかねー」
 ポールの下にしゃがみ込み、悔しそうに呟く花道を振り返り、流川は濡れた髪を掻き上げた。
「……当然だろ? 30男に体力でオレが負けるはずねー………」
 無表情なのにどこかバカにした顔つきで零す流川に、花道が吠える。
「まだ30にはなってねぇ!」
 拘りがあるのか、力一杯力説する花道に、年下の彼は得意の溜息を零した。
「…どあほう……」
 事実花道はまだ30歳にはなっていないが、標準の体力を考えても彼のスタミナは凄いと流川は内心思っている。
 こうして事あるごとに高校生の自分とバスケの相手をしているのだから、多少は体力がついても不思議ではない。
けれど本来持って生まれた──というよりも彼が長年積み上げ得たものが普通の体力とは掛け離れていたと言うべきなのだろう。

 額に流れる汗をTシャツの端を引っ張って拭う花道に、流川の視線が止まる。
 露になる彼の素肌にドクンと震える鼓動を自覚した。
喉の渇きを覚え、知らず知らずの内に生唾を飲み込んでいた。
流川の視線が釘付けになっている事にも気付けないまま、花道は「熱ちー熱ちー」と繰り返し、無防備な姿を晒している。
「……クソッ……」
 自覚がないというのは何と残酷なのだろう。
流川は若さ故に押さえきれない欲望をいつも花道に抱いていた。その彼を前にして、いっそ試してるのかと疑いたくなるくらいに花道の仕草の一つ一つが挑発的だ。
 今まで何気なく交わされて来たけれど、いつまでも押さえ込んでいられない。
 流川はチッと舌打ちをすると、考えナシに花道に近づいた。
「ん? 何だよ、ルカワ」
 常にない思いつめた流川の顔を訝しみながらも、花道は目の前の流川をじっと見上げた。
「……タチが悪りー、どあほう……」
 いつから自分の事をそう呼ぶようになったのか、花道はとっくに忘れた。
悪口極まりない『どあほう』呼ばわりも、敬愛を込めて自分へ向けられている事も分かっているし、そう呼ばれる事にももう慣れた。
「何言ってんだ、お前?」
 真摯な眼差しを真っ向から受け止める無垢な瞳……。
流川の心がまたざわめいた。
「……オレの気持ち知ってて、そういう挑発すンな」
「挑発?」
「……だからてめーはタチ悪りーってンだ」
  言うと流川は花道の胸倉を掴んで、噛み付くように唇を重ねた。
「ンん──────────────ッ!」
 よもや口付けられると思ってなかった花道は、上から覆い被さって来る不埒な高校生に抗議の声を上げた。
腕を上げて抗おうにも肩を押し付けられて交わせず、文句を言おうにも口は塞がれた。
 今までこんな情熱を隠していたのかと一気に知らされ、花道は少なからずとも驚いていた。
 流川は自分を好きだという。
それは前前から聞いてもいたし、欲望を孕む想いなのだという事も知っていた。
 けれどこんなに激しいものだったなんて───
こんなにも切羽詰ったものだったなんて───
 ━━━冗談キツイぜ
 花道は流川の乱暴な口付けの最中、軽率な自分を反省した。
自分の何気ない仕草が、こんなにも流川を追い詰めていたのだろうか?
 勝手に欲情されても困るというのが本心だけれど、期待を持たせるかのように、いつまでも相手をするべきじゃなかった。

 漸く唇が離れると、唾液に濡れた唇を乱暴に拭い、花道は掠れた声を上げた。
「な、何しやがる。俺は女じゃねーって前にも言ったよな」
「……女だなんて思った事はねー」
 濡れた唇を舌で舐め、流川は厚顔な態度で花道を見下ろした。
「だったらこんな事2度とすンな! 俺にはそういう趣味はねーって言ったはずだ」
「…どあほう。オレだっててめーじゃなきゃ、こんな事しねー」
「俺相手でもこんな事すンな! こういうのは彼女にでもしろ!」
「女なんか興味ねー」
「やっぱりてめー、ホモだったのかよ!?」
 後去る花道を一瞥して、流川は呆れたように肩を落とした。
「誰がホモだ。そーじゃねー。興味あンのは、ガキの頃からずっとてめーだけだ、どあほう」
「うが────────ッ! 聞きたくねぇ!」
 耳を塞ぐ花道の腕を掴むと、流川は静かながらにも再び囁いた。
「………しょーがねー。好きになっちまったもんはしょーがねーだろ」
「ルカワ……」
「おめーが医者なら治せよ。ここン所にずっとてめーがいて離れねー。痛くて痛くて堪らない。治せンだろ、てめー医者なんだから」
 自分の胸を掻き毟りながら、流川は花道を見据えた。
「無茶言うなよ」
「…だったら軽くしてくれ。バスケして発散してもすぐにてめーが頭ン中に浮かんできやがる。そういう時はどしたらいー? 好きだっつってもてめーは「知らねー」の一言だ。その癖こうやって無防備に挑発しやがる」
 滅多にお目に掛かれない饒舌な流川…。
花道は動揺に鼓動を揺るがせた。
「オレを甘く見るな! いつまでもあの頃みてーなガキじゃねー」
 漆黒の眼差しが近づく。
「お、お前の都合を勝手に押しつけンなよ」
「だったら拒めよ、どあほう」
「!」
「もう2度とツラ見せンなって…殴ってでも拒めよ。気休めにバスケの相手だけして、期待させるだけさせといてふざけンな」
「そういうつもりじゃ………」
「だったらどんなつもりだ? 結局はてめーは分かってねー。オレが本気でてめーに惚れてるなんて分かってねーだろ?」
「ルカワ!?」
「……もう我慢すンの止めた」
「え?」
 少しだけ声色の変わった流川に花道がギクリとする。
「…もう容赦しねー。待ってらンねー……」
 にじり寄る流川に、花道の頬が引き攣る。
「…も、もしもし、ルカワ君?」
「……覚悟はいーか、どあほう……」
「え? え? ちょっ、ちょっ、ちょっと待て──────ッ!」
 伸し掛かる流川に花道の悲痛な声が上がる。

 哀れ花道。
更けゆく夜、まともに女とも付き合っていなかった彼は、まだ高校生の流川によって新たな発見をさせられた。


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