Honey



 始まりは唐突だった。
いつものように無愛想な唇が、信じられない事を淡々と告げた、それが全ての始まり。

「……おめーが好きだ……」

 目の前で流川が小さな声で告げたその言葉に、花道の頭の中は一瞬で真っ白になった。
「………は?」
 間抜けな声を上げてしまうのも仕方ない。
それくらいに花道にとっては信じがたい言葉なのだ。

 無愛想な顔はいつもと変わらない。
なのにどこか違うのは、常にない真摯で熱い眼差し……。

 可愛い女の子から告げられても驚くに違いないその言葉……。
 それを自分と同じ男の…寄りによって天敵でもあるような男に告げられたのだ。
驚愕せずにはいられない。

「……聞こえなかったのか、どあほう……」
 罵声に近いそんな言葉にもすぐには反応出来ない。
白くなった頭は何を言われたのか判断出来ず、未だに霞がかっている。
 ボケッとしていると、すぐさま無愛想な顔が覗き込んでくる。
「……おい、どあほう?」
 目の前で手を振られて、漸く我に返った花道が口にしたのは……。
「……おめー、何かヘンなモンでも食ったのか?」
 神妙な顔つきで後退りながら呟くと、今度は流川の方が押し黙った。
「だってそうだろ? てめーいきなりヘンな事言い出すンだからよ! どっかおかしいと思うじゃねーか。まぁおめーがおかしいのは前からだと思うけど、こう唐突にだなー……」
 話の途中で流川の眉が段々と寄せられてゆく。
不機嫌そうなのは一目瞭然。
「って、何怒ってんだ、てめーは」
 流川の豹変に気付いた花道が、後退りながらも聞かずにはいられない。
「………てめー、最悪……」
「あぁ!? …ンだとぉ!!」
 流川の物言いに花道の罵声が飛ぶ。
「最悪を最悪と言って何が悪りー」
 睨みつける眼差しに怯みもせず、流川は自然にキツくなる眼光を花道に向けたまま、彼の胸倉を掴んで引き寄せた。
 引き寄せついでに唇も奪ってみる。
「───────ッ!!」
 願っていた花道とのキスの味も、これでは満足に味わえない。
それでも流川は口付けずにはいられなかった。
鈍感な花道にはこれくらいしてやらないと、きっと分かって貰えない。
 冗談や悪ふざけなんて言葉で片付けて貰っては困る。
ずっと抱えてきた気持ちをやっと口にした流川にとって、鈍感な花道の態度はイライラした。
だから実力行使。
これならばいくら何でも気付くだろう。
本気で好きなのだと……。

 唐突に唇を塞がれて、花道は言葉を失った。
始めて知る感触にまた頭が真っ白になる。
 流川は噛みつくように塞いだ唇を、始めた時と同じように唐突に外すと、苦々しげに呟いた。
「………好きだっつってんだ、どあほう………」
 花道は目を見開いたまま、固まった。

 そんな花道を見て、流川がこっそりと溜息をつく。
「………今度はちゃんと聞こえたか? 好きだ、どあほう……」
 反応を返さないのを良い事に、流川はその場に固まった花道をそっと抱き締めると、その背をポンポンと叩いてやる。
 俄かに顔を赤く染めてゆく花道の反応に、やっと流川の真意が伝わったのだと知れた。
「えっと…ル、ルカワ……その……」
 視線が泳ぐ。
無理もない。
自分と同じ男から告白されたのだ。
信じたくないと思うのが当然。
 距離を置こうと離れたがっている花道を力づくで抱き込んで、流川はもう一度囁いた。
彼らしからぬ甘い声で……。
「……好きだ、どあほう……」
 腕の中で花道の躰が跳ねる。
 流川は構わず抱き締めたまま、『好きだ』とただ繰り返した。



 それから数ヶ月───


 花道はうつ伏せでベッドに埋もれたまま、掠れた声で悪態をついた。
「ったく、てめーってヤローは勝手な奴だ。好き勝手しやがって……」
 バッチリとリーゼントに決め込んでいた髪はすっかり乱れ、肌は惜しげもなく外気に素肌を晒していた。
いや、晒されていたと言った方が正しかったか───
流川に脱がされた服は、無惨にベッドの下に投げ捨てられ、事に及んだ性急さがありありと残っていた。

 花道は視界に入ったスウェットの下だけを履いた男の背中に向かって、文句を並べ立てた。
「大体、てめーって奴は初めからそういう奴だったよな! ったく人の都合ってモンをちっとも考えねー」
 腰に走る鈍痛に顔を歪ませ、眦を上げる。
「……何言ってやがる、どあほう……」
 漸く振り向いた流川に花道の悪口は止まらない。
「『何言ってやがる』じゃねーよ! 自分だけすっきりと済ました顔しやがって! クソったれ!! 畜生、あー、腰痛てぇ」
 ベッドに沈没したまま呻く花道の傍に寄り、流川が乱れたその赤い髪を梳き上げた。
「何で? 気持ち良かったんだろ、どあほう?」
 このセリフに、ボッと花道の顔が赤くなった。
「し、信じらンねー。このバカッ!」
 伸ばされた流川の腕を払い、大声で怒鳴る。
それでも流川はいけしゃあしゃあと宣った。
「……思いっきり感じてたじゃねーか、どあほう……」
「そういう所が信じられねーっつってんだよ!」
「……別に恥ずかしがる事ぁねー。おめー、凄げー可愛かったし♪」
「い、言うなぁ!」
 シーツの中に顔を隠し両手で耳を塞ぐ。
流川は花道の仕草に口元を緩め、シーツの上から花道を押さえ込んだ。
「……キスだけで勃っちまう所も凄げー可愛いし、何よりオレに縋りついて泣いた顔が堪ンねー」
 普段の寡黙さはどこへ行ったのか。
流川の口はやけに饒舌だった。
「おめーン中は凄げー熱くってキツいし、あのまま食いちぎられるかと思ったくれーだ」
「や、止めろって、バカッ!」
 恥ずかしい言葉の数々に花道がシーツの中から抗議する。
けれど流川の口はそんな事では止まるはずもない。
 悪魔な微笑みを浮かべると、流川はわざと花道の耳元辺りに唇を寄せて囁いた。
「……凄げー、感じるぜ。おめーン中………」
 ビクリとシーツの下で花道が震えたのが分かる。
流川はそのまま花道の上に伸し掛かると、その指をシーツの中へと滑り込ませた。
「ル、ルカワ!」
 突然触れられて花道が叫ぶ。
昨夜の名残が蘇ってきそうで怖い。
 花道は流川の指先から逃れようと、隠していた顔をシーツから出して咎めた。
「な、何してんだ、てめーは!」
「何っておめーが感じてるみてーだから、手伝ってやろーかと……」
「だ、誰がッ!」
 真っ赤になって否定する。
それを面白そうに見下ろして、流川は不敵に不埒な唇を落とした。
「……嘘つき………」
 花道が咄嗟に背ける顔を無理やり上に向かせ、流川は唇を合わせた。
「ン…やだって………ッ!」
 塞ぐ唇は執拗で、熱い……。
流川とのキスは、その熱さが下半身に直撃するから堪らない。
 ほら、もうダメだ。
熱く震え始めてしまう。

 唇から忍び込んだ舌先が絡んでくる。
ぬめる感触に嫌悪を抱いた事はない。
 頭の芯までボウっとなるような浮遊感。
流川が初めてだった。
キスをしたのも躰を繋ぐという事がどんな事なのか知ったのも……。
 強引に始められた付き合いは、意外に心地よいもので、花道が困惑したのもつかの間。
若い躰はあっさりと快楽を貪る事を覚えた。

 こうしてお互いの家に泊まり込み、何度キスを交わしただろう。
自分の中で膨れ上がる流川の欲望に、鼓動も躰も震えた。

 いつもは無愛想で一見ストイックに見られがちな流川が、その実こんなにも熱い男だったなんて……。
 知りたかったような知りたくなかったような……。
花道としては正直複雑な心境だった。

 男同士で事に及ぶのも、流川に組み敷かれる事も抵抗はあったし、何しろ今までの常識を覆す数々にショックも大きかった。

 が、何時の間にか気持ちの方がが流川を受け止めた。
『好きだ』と熱っぽく語る瞳も唇も嘘が見えなくて、その情熱の熱さに陥落したのは花道の方だ。

 後悔が全くないと言えばそれは嘘になるけれど、一度ほだされてしまえば転がるのも早い。
今ではすっかり流川に丸め込まれている。
だから躰を繋ぐ事にもそれ程抵抗はない。
───が羞恥心とそれとは別ものだった。


「…ちょっ……タンマ………」
 息苦しさに熱い吐息を吐き出して花道が制止の声を上げる。
「朝っぱらから、何考えてンだ、てめーは!」
「…何って、おめーの事しか考えてねー……」
 そう言って既に熱くなった下肢を花道のそれに押しつける。
 すると花道は更に顔を赤くして戦慄いた。
「バカヤロー! そんなモン、押しつけンじゃねー」
 組み敷かれていると抵抗するのも分が悪い。それでも花道は抗う。
「……責任取れよ、どあほう……」
 少しだけ情欲に濡れた瞳が花道を覗き込む。
「せ、責任って、てめーが勝手に欲情したンだろ! そんなの知るか!」
「……おめーが煽るからしょーがねー。とにかくこれの責任取れ……」
 おめーも勃ってンじゃねーかと静かに笑い、流川はシーツの中に顔を潜り込ませた。
「ちょっ…何して───」
 怒鳴るつもりが、すぐに花道は息を飲み込んだ。
「バ、バカッ! そんな…ダメだって……ッ!」
 生暖かい感触が下肢に広がると、花道はカッと頬を熱くした。
 触れる舌先にビクリと揺れる。
剥き出しの欲望は素直に流川の前に暴かれた。
 尖らせた舌の先が鈴口を悪戯に突付く。
もうそれだけで怒張する自身に、容赦なく流川の指が添えられた。
「…離せって……」
 性急な愛撫に涙が浮かんだ。
痛みはないけれど、苦しい。
 あの流川の舌と指が自分を追い詰めていると自覚すると、自然に鼓動が跳ね上がった。
気持ち良くてどうにかなりそうだ。
 このまま白濁してゆく意識の中で溺れられたら………。
頭の片隅でそう思いながら、花道は上肢を起こして漆黒の頭を抱え込んだ。
「…ルカ……あっ……」
 執拗に絡む舌に先走りの露が溢れる。
わざと水音を立てて吸い上げる流川に、花道は抗議をする口を失った。
 直接的な愛撫に身悶える。
されている事への羞恥も相俟って、花道の限界が近づいた。
「ルカッ! もうイきそ……」
 その言葉を合図に、流川は一層キツく吸い上げると、花道は息を詰めて欲望を吐き出した。
「…ぅぁ…────ッ!」
 荒く乱れた甘い吐息に流川も刺激される。
喉の奥に流れてゆく花道の欲望を腹に収め、濡れた口元を手で拭った。
「……どあほう……。続きしてもいい?」
 未だ整わない呼吸を肩でしている花道を覗き込み、流川は低い濡れた声で囁いた。
快楽に蕩け始めた花道にもう抵抗する術はない。
 言葉もなくコクンと頷くと、ゆっくりと流川が覆い被さってくる。
強引に始められた朝の運動は、もう暫く続きそうだ。

 嬉々として流川が花道の躰を開いてゆく。
花道は「しょーがねーなー」と呟いて、それでも彼の背に腕を回した。
どこか流されてると思いながらも行為を止められない。

「重症だな……」
 呟いた声は流川によって上げられた嬌声にすぐさまかき消された。

 強引な始まりでもいい。
最近はそんな風に考えるようになった。
それだけ花道の傍に流川がいる事が自然になってきた。
 求められて嬉しいと、まだ素直にはなれないけれど、いつか言ってやってもいい。
「ルカワ。俺も好きだぜ」
 ───と。
 そうしたらこいつは一体どんな顔をするだろう。

 今はまだ癪だから言ってやらない。
花道は流川の背に縋りながら、そんな事をこっそりと思った。

 甘い睦み合いは、どうやらまだ先に伸びそうな二人の朝……。
今でも充分甘い関係なのだと、花道が自覚するのはもう少し先。


 何にしろ、流川の告白で始まった二人の関係はまだまだ深くなりそうだ。
悪戯な神様が、頬杖をついてこんな二人のやりとりを見ているのだろうか?


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