LOVERS番外編

 多忙なサラリーマンを恋人に持つと、こんなにも大変なんだろうかと、花道は溜息を一つ零した。
今までも彼のマンションに入り浸っていた時ですら、自分に背を向け、パソコンと対峙している事が多かった。
でもまだその時は今を思えばずっとマシだ。
すぐ傍に流川はいたのだから……。
「こんなに広かったっけ……」
 主のいない静かな部屋は、ただでさえ殺伐としているのに余計にひっそりとして物寂しい。
花道はいつものようにここへ訪れたものの、あまりにも殺風景な部屋に思わず一人ごちた。
 カタカタとキーボードを打つ音も聞こえてこない。
パソコンに向かったままのあの後姿すら、今ここにはない。
今頃は日本の反対側の遠い空の下で、端末を見据えてでもいるのだろう。
一人ぼっちのこの部屋は、とてもつまらない。
 確かに流川がいる時だって無口な彼だったから、静かといえば静かな部屋だった。
けれどここまで深閑としているのはやっぱり流川の不在が大きいのだろう。
「つまんねー」
 呟いても返ってくるのは沈黙ばかり……。
いつもの習慣でここに訪れたものの、主がいないのでは意味がないのに、気づけばこうして定位置のソファーに腰掛けてここの主を探してしまう。
「遠いよなー、ニューヨークって……」
 一介の高校生である花道が簡単に行ける所ではない。
その日本の反対側に、彼の恋人である流川楓は一ヶ月の海外出張を命じられ、青い空に飛んでいったのはつい2日前の事だ。
「今頃仕事してンのかな。ちゃんとメシ食ってンのかなー」
 空しいくらいにボソリと独り言が増えてゆく。
逢えなくなってまだ2日しか経っていないのに、もう何日も顔を見ていないような気がする。
 今までどんな時も毎日欠かさずに顔をつき合わせていたのだ。
たった数日すら長く感じてしまうのも無理はない。
 あと一ヶ月は帰って来ないというのにどうだろう?
もう我慢できずにこうして流川の部屋に入り浸っている。
「つまんねーぞー、ルカワー」
 更けゆく夜、花道はゴロゴロと退屈そうにフローリングの床に転がり唇を尖らせていた。
 冷たいフローリングの感触が背中からジワジワと伝わってくる。
ただでさえぽつんとたった一人でこの部屋に取り残されたような気分だった花道だ。
そんな中、その床の冷たさが追い討ちを掛けるように花道の寂しさを煽った。
 こうして待っていても、少なくともあと一ヶ月流川は帰って来ない。
それが分かっていても、すぐさまここを離れる気がおきないのは、
少しでも流川と一緒にいるような錯覚を求めているからだろうか……。
カチカチと時計の音だけがやけに響く。
ふと視線を向ければ、もうこうして時間を無駄に持て余してからというもの
かれこれ2時間は経っていた。
「そろそろ帰らないと、お袋達がうるせーよな」
 のろのろと起き上がると、花道は投げ出した鞄を手に取り、部屋を出ようとしたその矢先、突然高い電子音が鳴り響いた。
 あまり聞きなれない音に初めはピンとこなかった。
「な、何だ!?」
 その音はどうやら自分の鞄の中から響いてくる。
そこで初めて花道は音の原因に思い立ったのだ。
「あっ、そっか」
 慌てて鞄の口を開けると、一際大きくなった電子音にやっぱりと呟いた。
 鞄の中で鳴り出したのは、流川が日本を立つ前、流川に手渡された一台の携帯電話だった。
「…オレだけしか掛けねーから……」
 そう言って手渡された携帯が、今尚花道の手の中で鳴り続けている。
花道は急にドキドキと高鳴る鼓動を自覚しつつも、慌てて緑色のボタンを押した。
「──も、もしもし?」
『………』
 僅かな沈黙と通信のノイズ……。
そしてその後には───
『…どあほう…か?…』
 聞き慣れた低い目の声が耳元に届いた。
「ルカワッ!!」
 思わず声が高くなる。鼓動も一際強く高鳴った。
「ど、どーしたんだ!? な、何かあったンか!?」
 突然の電話に動揺して、少しだけ声が上擦る。
よくよく考えてみれば、こうして流川と電話で話すのは初めてかも…なんて頭の隅で思いつつ、花道は耳元に注意を向けた。
『…用がなくちゃ電話しちゃいけねーのか?…』
「え……」
 トクンと鼓動が揺れる。
『…声が聞きたいってだけじゃダメなのか?……』
「えっ…!?」
 痛いくらいに心臓が踊る。
『…おめーの声が聞きたかったから電話した……』
「…ッ!!」
『…それじゃダメなンか?……』
 どうしてこの男はここまで惜しげもなくこんな事が平気で言えるのだろう。
上気してゆく頬を自覚しながら、花道は言葉を失った。
 相手が女ならともかく、自分は男だ。
それなのに何の躊躇も戸惑いも感じさせずに易々とこんな風に睦いでくれる。
それがどんな意味を持つのか本当に分かっているのだろうか、この男は……。
「…ルカワ……」
 ━━━どうしててめーって奴はッ!!
「こ、声が聞きたいって、たった2日しか経ってねーだろ!?」
 流川が渡米したのはたったの2日前───
それなのに………。
 批難めいた言葉とは裏腹に、上気してゆく頬と高鳴るばかりの鼓動は、何よりも花道の心の内を素直に伝えている。
 ──自分の方こそ、流川の声が聞きたかったのだと……。
「こ、国際電話って高けーって知ってンだろ? 時差だってあるんだし……。俺なんかに電話してる暇があったら仕事しろッ! 何の為にそっち行ってンだよ!?」
 嬉しいくせに、心臓がこれ以上にないくらい踊っているのに、どうしてもこんな悪態しか浮かんで来ない。
 素直に『嬉しい』と言えないのは、やっぱり恥ずかしいから……。
たった2日しか経っていないのに、流川がいなくて淋しいなんて
まるで子供のような心情に、羞恥心が沸く為だった。

続く

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