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『…聞きたいと思った時にTELするのは当然だろーが。何の為に携帯渡したと思ってる?』
「だってよ……」
『…おめーは淋しくないのか?』
「えっ?」
流川の声が耳元に滑り込む。
携帯から流れる流川の声は、花道の鼓動を悪戯に跳ね上げた。
『……お前はオレがいなくても平気か?』
耳元を擽る低い声は、容赦なく花道を追い詰める。
「へ、平気に決まってンだろ? 大体まだ2日しか経ってねーっていうのに、大の大人がもうホームシックかよ?」
流川のガラじゃねーよと零す花道の右手は、無意識に自分の胸を掻き毟っていた。
━━━どーしよー。口から心臓が飛び出しちまいそー
『………』
少しだけ上擦った花道の声を、携帯越しの流川はどう捕えたのか……。
『……おい、どあほう。今どこにいる?』
「…………ッ!」
流川の言葉にギクリと躰を強張らせた。
「え? じ、自分の部屋に決まってンだろ?」
動揺がどうしても描く隠し切れず、上擦った声が零れ落ちた。
━━━うわッ! バカッ! 何、声ひっくり返してンだよ、俺は! こんなんじゃルカワにヘンに思われるだろ?
汗ばむ手の平でしっかりと携帯を握り締め、花道は嘘がバレないようにと息を潜めた。
『…そー言えば、オレ日本に忘れ物して来た』
「は? 何やってンだよ、ドジだなー」
突如変わった話題に安堵しながら、花道は携帯の向こう側の恋人に軽く突っ込む。
『…いつも仕事の時に使ってるメガネ。どーやら部屋に忘れてきたらしい』
「え?」
その言葉に花道は流川のパソコンの横を見た。
いつも彼のメガネケースは、パソコンのキーボードの横に置いてあるのは知っている。
花道は携帯を片手にパソコンの前に座ると、キーボードの横に置いてあったメガネケースをそっと開けた。
「メガネ忘れたって、ケースには入ってねーぞ、ルカワ」
『……どあほう。お前、やっぱりオレの部屋にいるのか?』
「─ !! ─」
━━━ゲッ! し、しまった!
『…メガネなら、今掛けてる』
どこか嬉しそうな声色に、花道は黙っていられなかった。
「き、きったねー! ハメやがったな!」
『…こんな単純な手に引っ掛かるおめーが悪りー』
「ふぬ〜〜〜〜〜」
怒気と羞恥に顔を赤く染め、花道は言葉を詰まらせた。
『…何でそこにいる?』
甘く響く流川の声に、また花道の鼓動が踊り出す。
「何でって……」
『……少しは淋しいって感じてくれてるのか?』
「う、自惚れンなよ!」
言葉尻が明るい流川のそれに、花道は悪態をついて誤魔化した。
『…自惚れてもいいんだろ? どあほう……』
誤魔化したはずなのに、流川にはどうやら通用しなかったようだ。
「………ッ」
『…オレはおめーに逢いたくて狂いそうだ』
「ま、まだ2日しか経ってねーのに?」
『たった2日でもだ。逢いたくて仕方ねー』
「む、無理言うなよ……」
熱っぽく語る流川の声に、花道の心もざわめく。
淋しくて詰まらなくてここに訪れたくらいなのだ。
求められてどうして嫌な気分になろうか……。
『…無理でも何でもいい。おめーに逢いてー』
「ルカ…ワ……」
胸が締め付けられる。
今まで逢えて当然だった毎日が、幻にすら思えてくる。
『……おめーに触れてー』
「………バカ……」
いつもの流川らしい口調に、笑って答えてやる。
「は、早く切れよ。電話代がもったいねーよ」
これ以上熱っぽい流川の声を聞いていたら、本当に逢えないのが辛い。
花道はそう思って、わざとつっけんどんにつき返した。
『……どあほう』
「ルカワが切らないなら、俺が切るぜ?」
『待てって、どあほう…』
「仕事中なんだろ? いつまでもサボッてンな!」
逢えない淋しさをいつもの悪態で跳ね除ける。
そうでもしないと、このもの淋しく広い空間に押し潰されそうだ。
『……明日もこの時間に掛ける。いいな? どあほう……』
花道の心情を知ってか知らずか、流川が一つの提案を持ち出した。
「お、俺はそんなに暇じゃねー!」
縋るように携帯を握り締めているのは何故なのか……。
姿が見られていなければ、どんなにも意地を張れる。
泣きそうになっている顔も見られないで済む。
淋しくて逢いたがってるなんて、素直に言う訳にはいかなかった。
流川は仕事で渡米しているのだ。
「逢いたい」と言って、彼を困らせる事は出来ない。
こういう点では、流川よりも花道の方がしっかりしていた。
だから花道はどんなに淋しいと思っていても、それを口にはしない。
明日も電話して来るという流川の言葉にも表向きには歓喜しない。
バクバクと高鳴り口から飛び出しそうになっている心臓を叱咤して、花道はあくまでも平静を装う。
『…オレがおめーの声聞いていないと淋しーんだ。だから明日から毎日電話する……』
「しょ、しょーがねーなー」
『……じゃあ明日も同じ時間に電話する』
「わ、分かった!」
『…絶ってー電話する』
「分かったって」
繰り返し念を押す流川に、花道も思わず笑いがこみ上げる。
『…もうそっちは遅せーだろ? 気をつけて帰れよ。別に泊まってもいいけど…』
「バーカ。帰るに決まってンだろ?」
『……じゃあ明日な、どあほう……』
「おう! 仕事、頑張れよ!」
『……好きだ、どあほう……』
「なっ!」
続けて文句を言おうと思った時には既に遅し……。
流川は既に電話を切っていた。
「し、信じらンねー!」
━━━恥ずかしい奴!
耳まで真っ赤に染めながら、花道は脱力してその場にしゃがみ込んだ。
手の平にはしっかり携帯電話が握られている。
流川相手に緊張でもしていたのだろうか。
指先が僅かに震え、汗ばんでいる。
耳元にはまだ流川の声が残っている。
『……好きだ、どあほう……』
電話を切る間際の流川の甘い囁き……。
耳に残って未だに心臓は落ちつかない。
「バカヤロ……。キザな事しやがって!」
手の中の携帯電話を両手でしっかりと握り締め、少し潤んだ視界の中、花道は口元を綻ばせた。
流川はいつだって必要な時に必要な言葉をくれる。
あの面倒臭がりで寡黙な男が、である。
その物言いは時には突き放すようなものだったりするけれど、結局は花道を思っての配慮だ。
ただ甘やかしてくれるだけじゃない。
それが堪らなく嬉しい。
本当は流川がいなくて淋しがっている事を気付いていただろう。
主のいない部屋へこっそり訪れていたのだ。気付かない訳ない。それを敢えてからかいもしないのは、流川の優しさからだと気付かされる。
そうでなければあんな風に甘く囁いたりはしない。
自分が淋しいから電話すると告げたのは、何気に花道のプライドを守っての事だろう。
そういう所はさすがに年の功と言うべきか。
何にしろ、花道がとてつもなく大切にされている事は言うまでもない。
「明日か……」
流川から貰った携帯をもう1度握り締め、花道はゴロリとフローリングの床に寝転がった。
ここは流川の匂いと彼の愛煙していた煙草の薫りで満ちている。
そろそろ帰らなくては……。
分かっているのに帰るのを渋っている。
もう少し……。
もう少しだけでいいから、流川の気配に包まれていたい。
花道はそっと目を閉じると、静かな彼の部屋で流川の事を想った。
電話を切って一つ吐息を零す。
その仕草すら、見るものがいれば感嘆の溜息を零されたに違いない美丈夫が一人……。
名前は流川楓。
愛しい恋人を日本に置いての海外出張にもう嫌気が差しているという、恋人には情熱的な男だ。
彼は日本の正反対である出張先のプライベートルームにある椅子に腰掛け、静かにメガネを外した。
花道が淋しがっている事は容易に知れた。
自分のいない部屋を訪れるなんて、可愛い事をしてくれるものだ。
思わず口元が綻ぶ。
電話の最中の花道の動揺は、見えない流川には手に取るように分かった。
「…あれで隠そうとでもしているつもりか? どあほうが……」
あからさまに歓喜しているだろうに、それを悟られないようにと必死に隠そうとしている姿が目に浮かぶ。
「……まいったな。本当に逢いたくて堪らねー、どあほう……」
まだ先の長い出張は終わりが見えない。
そう思うと気も滅入る。
花道に提案した電話の定期便がこれで欠かせなくなった。
側にいてやれない事がこんなに苦しいなんて思ってもみなかった。
「……帰りてーな……」
帰って抱き締めて、あの赤い唇に口付けしたい。
甘い彼の薫りを嗅ぎたい。
そして───
迸る欲望には際限がない。
また気が重くなりそうだ。
「……1ヶ月もどあほうと出来ねーのか……」
電話越しの花道の声が蘇る。
意地っ張りで強情で、その癖人一倍淋しがり屋。
日本を立つ前の晩に抱いた花道の妖艶な媚態を思い出すと、それだけで来るものがある。
「……1ヶ月、持たねーかも……」
そういう自身だけはしっかりある流川だ。
「……これは何か考えねーとな……」
そう独りごち、先程思い浮かべた花道の媚態に勃ち上がった欲望を鎮めるべく、流川はトイレへと立った。
遠く離れた恋人を想い、二人は甘くせつない吐息を零すのだった。
───後日談───
それから毎日流川のラブコール定期便は欠かされる事なく掛けられたが、その度に恥ずかしい事をされる花道としては、嬉しいのか恥ずかしいのか良く分かっていなかった。
THE END
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