(2)
「こんな所で……」
ドクンドクンと高鳴っている鼓動は確かにシャツを震わせている。
こんな場所で、手にはまだ包丁も握っているのに…と思う間もない。
「…まだメシの仕度が……」
「……メシなんて後でいー。てめーを食うのが先……」
不埒な流川の指先に、花道の声が震わされる。
絶倫な夫は少しも我慢がきかないとばかりに、熱くなり始めた身体を押し付けてくる。
「バッ、バカ! やめろって…、ルカワ……」
朱色に染まった花道の頬を認めて、流川の唇に微笑が浮かぶ。
サラリーマンの証でもあるネクタイを片手で緩め、流川は唇を首筋に押し当てた。
「…どあほう……」
低く甘いテノールに、花道の腰は敏感に反応する。
「…んっ! ルカワ…やめっ…ぁ……」
流川の指先は確実に花道の弱い処ばかりを攻めていた。
手っ取り早く彼を堕とす手段の一つだ。
純真無垢な顔をしておきながら、時折垣間見せる淫乱な妻の表情に、流川の激情は一気に加速する。
「…我慢出来ねー……」
ただ指を伸ばしただけなのに頬を朱に染め、可愛い声を上げ始めた花道に、流川の本能が暴走する。
「あっ! ルカワッ!?」
ケダモノの瞳を光らせて、流川は花道をシンクに押し付けた。
未だに包丁を握ったままの花道の右手を、自分の左手で握り返しながら、流川は強引に唇を重ねた。
「──ンんっ! ルカッ……」
抵抗する花道の両腕を抑え込み、逃げ出そうとする両足は自分の膝を割り込ませて動きを封じ、
同時に身動き取れないように自分の身体を密着させた。
「──んっ! ……っ…ん……」
サカッた流川を止められる者などいやしない。
それにここには2人きり。
まして彼の声一つにも敏感に身体を熱く震わせてしまう花道など…言うまでもない。
『やめろ』と上げる声は悪戯に流川を煽るだけだ。
重ねられた唇に流川の濡れた舌先が触れる。
執拗な舌先は『ここを開けろ』と主張しているらしく、一向に離れる気配はない。
流川とのキスは花道にとっての弛緩剤──
「…っ…ん……」
何時の間にか抵抗する気力も力も抜けて、流川のキスに応え初めてしまっている。
嫌いな者同士のキスなら、殴るなり何なりどうにかして止めさせるけれど、
2人はこれでも結婚している夫婦。
しかも新婚──
抵抗する事自体が不自然なのだ。
けれど──
「…い…いい加減にしろッ!」
力の入り辛くなった身体を駆使して、花道は渾身の力を込めて流川を殴りつけた。
花道だっていつまでも黙ったまま、流川の好きにはさせていない。
流川と結婚している以上、確かに夫婦生活だって人並みに……いやそれ以上に交わしてる。
だからと言って、こんな場所でもしなくてもいいではないか?
だから花道は羞恥に居たたまれなくなって、流川を殴ったのだ。
ぜーぜーと肩で息をつき、耳の辺りまで真っ赤に染めている。
瞳は僅かに潤み、その眼差しは真っ直ぐに流川に向けられている。
それすらも本当は流川を煽るだけなのに、知ってか知らずか花道は手厳しく言い放った。
「メシの仕度が出来ねーっつってンだろ? もうてめー、邪魔だッ! とっとと風呂に
入って来い!」
頬を快楽の名残で朱に染めたまま、花道は流川をキッチンから追い出した。
「…あ、危なかった!……」
トクトクと高鳴り続けている胸を押さえて安堵する。
いくら結婚したからと言って、何もこんな所で事に及ばなくてもいいではないか──
花道は常々思っていた。
流川とHするのは嫌いじゃない。
結婚するくらいだから、そんな事は問題じゃない。
ただ時と場合と節度というものを考えない流川が堪らないだけだ。
真摯な流川の眼差しは、花道の抗う力を奪ってゆく。
漆黒の瞳に見つめられると、鼓動が高鳴り、吐息も熱くなってしまう。
雰囲気に流され、肌を合わせる事に慣れてしまう。
それだけは勘弁してほしかった。
花道は少しだけ落ち着き始めた胸から手を離し、再び包丁を手に取った。
「メシ、早く作っちまわねーと、ルカワの奴、風呂から上がっちまう」
出来立ての暖かい食事を風呂上りの夫に食べさせたいと、理想的な新妻宜しく、
花道は甲斐甲斐しく料理に専念した。
全く、ずぼらな流川には勿体無いくらいの良妻だった。