客といえば無愛想なサラリーマンか、パチンコオヤジ。おっさんメインの喫茶店では
ウェイトレスなんて報われない仕事でございます。
そんな中、「ありがとう」と一人のおじいちゃんが微笑んでくれたのはあたくしをは
っとさせました。お客からのフィードバックなんてまるきりないところです。嬉しくて
あたくしも微笑み返ししました。やーこれは気持ちのよいお客さんに出会ったと、すが
すがしかったのを覚えています。
おじいちゃんは数日後にまたやってきました。「こ、ここにはね、いぢゅうえん、
かおってるの。で、でんしゃのいついで」(注・ここには20年通っているの。電
車を乗り継いで)滑舌がわるくてほとんど聞き取れないのですが笑顔で必死に語りかけ
てきます。同じ内容も何度か出てきてましたが、おじいちゃんなんだからそううるさく
つっこむこともなかろうと、全部笑顔で聞きとおしました。おじいちゃんが満足げに帰
っていくと多少の疲れもよしと思えました。
おじいちゃんはまた現れるとチョコレートを2、3箱とりだして、にこにこしながら
それをくれました。パチンコ屋の地下がその喫茶店だったのでおそらく景品です。わざわ
ざ買ってきたものではなく景品という気安さから「ありがとうございまーす!」と受け
取りました。あーなんていい人なんだろう。厨房のおばさんと分けてくれと言うので、
感動しながらカウンターに戻ると、おかしなことに、キャリア5年のおばさんはわずか
に顔をひきつらせるのです。そして声をひそめていいました。
「あのおじいちゃん気をつけたほうがいいわよ……」
それからおじいちゃんの猛攻が始まったのです。
おじいちゃんは毎回のようにチョコを持ってくるようになりました。店が混んで対応
に追われている時にも、かまわず話しかけてきます。喋りだすと長く、7割は聞き取れ
ないのでこっちは苦しいながらも笑わねばならないわけで。かろうじて聞き取れる内容
も「20年…」「電車…」(何回言うねん!)極め付けは「こ、これ渡しとくわね」と
レジで去りぎわに渡された紙片。名前と住所でした(名刺かと思いきや、ダイレクトメ
ールの宛名部分をはがしたやつだったというこのチープっぷり!)厨房のおばさん曰く、
このおじいちゃん、相手をしてくれる人には猛アタックをしかけるブラックリストで、
おばさんも昔ターゲットになったことがあるそうです。
さすがに笑顔も無気味に思えてきましたが、あまりに嬉しそうなのでさえぎるのも気
が引けました。ましてや、この店がなくなるなんて言い出せるはずもありませんでした。
おじいちゃんには、結局伝えられないまま、喫茶店は閉店の日を迎えました。ある日
訪れたら、突然店がなくなってたっていう光景に、おじいちゃんはいつか出くわしたこ
とでしょう。ちょっと可哀想な気もしますけど、こりゃ仕方ありませんわね。
その喫茶店が消えて数カ月。
「ハッ!」客として入ったとあるコーヒーチェーン店にて、あたくしは息を呑みまし
た。斜め前方の席に腰掛けたのはまぎれもなくあのおじいちゃん!
こちらには気付いてないようです。
驚くほど雰囲気が違いました。背中をまるめ、ひじをついて黙っていました。店員が
やってきてマニュアルトークと共に軽やかにコーヒーを置きます。おじいちゃんは無言
でうなずいて、ずずびとコーヒーをすすりました。
以前のバイタリティーあふれすぎな姿を知る身としては、その力ない様は動揺をさそ
うほどショッキングでありました。話し掛けてあげようか。しかし、ここは我が家の近
所。ついてこられたらどうしよう。毎朝、自宅を出ると笑顔のおじいちゃんが待ってい
るというストーカーちっくな光景が浮かんで悪寒が走りました。危険だ。結局ろくにそ
ちらも見れないまま時間は過ぎ、おじいちゃんは地味に去っていきました。
「はー、やっとこれでおじいちゃんの猛攻から逃れられるわあ」閉店の時にはほっと
したもんでしたが、今はやや心配です。地下の老舗の喫茶店を追われ、ガラス張りの真
新しいコーヒーチェーン店に行き先を変えざるを得なくなる。時代の流れなんでしょけ
ど、その流れに乗らなきゃならなくなったおじいちゃんは明らかにパワーダウンしてて。
また攻撃仕掛けられるのはまっぴら御免なのですが、あのおじいちゃんにはこのまま沈
没してほしくない!だれかおじいちゃんのコーヒーにバイアグラの1錠でも仕込んでや
っちゃくれないもんでしょうか。
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