「他人が楽しくしているのを見るのが好きであること。
 そのための努力は苦にならないこと。
 その楽しさは自分のおかげだと主張しなくても一向に構わないこと。」

こんにちは、まさぴょんです。
何かをしたいと願うDDRパフォーマーのみなさまに、
少しの助けとなれば。
DDRerの心技体。
まずはこころについてお話したいと思います。

DDRerとして最高の在り方、といえばどのようなものを
思い浮かべますでしょうか。
出る大会出る大会、常に優勝しつづけることでしょうか。
多くの仲間ができ、皆がネタを褒め称えてくれることでしょうか。

わたくしが思いますに、理想のDDRパフォーマーとは、
平時にあってはさりげなくDDRを踊りこなす。
通りすがりの人の目を優しく楽しませ、
ゲームでもあんなに楽しそうに踊れるのだと、
「抵抗感なく」DDRパフォーマンスというものを受け止めていただく。
そして大会では、今まで人に見せたことのないネタを作り、
みんなに驚きと楽しさ、加えて「DDRでこんなことができるんだ」というような、
新しい試みを加えていくものでございます。

偽善的なようでもありますが、
ひとつひとつ、DDRerとして大切なことではないでしょうか。

平時の振る舞い。
他所でも書きましたが、平常ゲーセンでのDDRerは
100円乃至200円を筐体に投入しゲームを楽しむ単なる客であり、
DDRerを奇妙なものを見るように遠巻きにしたり
携帯カメラで写真を撮ったりするプリクラ・プライズ機を主として
利用される方々とは同じゲーセンの客という意味で対等なのです。
先方は遠慮蒙りたいでしょうがそれでも対等なのでございます。
そういった場でこちらが先方を意識しすぎるのもいかがなものでしょうか。
結論を申しますと、平時DDRerの振る舞いとして適切なのは、
DDRのイメージを向上させることに他なりません。

DDRを見るということが別段おかしいことではない、
といったイメージを育んでいくことによりまして、
いざ大会となったときにも質の高いギャラリーが増え、
自分がのびのびとネタを披露する場を育てることにもつながります。

そうして、大会に備えることも忘れません。
ネタ作りです。
DDRのネタを作ると一口に言いましても、様々な方向性、動機があることでしょう。
恥を偲んで自分を例に挙げさせてもらえますれば、
DDR初期の自分は、世間の固定観念を打破すべくネタを作成しておりました。
曰く、DDRでダンスは無理。
曰く、Anotherでパフォは無理。
曰く、パフォーマーなんてスコアできないからやってるんだろう。
それぞれ1st、3rd、2ndの頃の風潮でございました。
賢明なる諸氏に置かれましては既にお気づきの方もおられようかと思いますが、
こうした風潮というものは得てして後ろ向き、ネガチヴなものであります。
そして世の中、ネガチヴなものが栄えたためしがございません。

今DDRパフォーマーを志す諸君は、誠に厳しい時期におられるといわざるを得ません。
初期であれば、DDRに対する後ろ向きな固定観念はびこり
付け入るスキなど掃いて捨てるほどあったのですが、
現在DDRパフォーマンス業界に残っている人間というものは、
いわば「DDRはなんでもできる」ことを知り尽くした人間ばかりと言えるからです。
だからこそネタ尽きることなく今でも現役であるわけです。

しかしそんな熟練の諸兄ですら新ネタに悩む昨今。
このような状況の中、自分が今DDR史上どのような一歩を残せるか。
「初めての要素を取り入れたネタ」という功績を残すことは
いまや至難の業でしょう。
かといって誰かの轍を辿るだけでは。
せっかくの遊びです。
せめて遊びぐらい自由な道を行きたいものではありませんか。

そこで現実的な指針としては、
「中興の祖的ネタ」
「このジャンルを完成させたネタ」
「別業種で鍛えたスキルを取り入れたネタ」
などが挙げられましょう。

「中興の祖」。
これなどは、我々バリューセットが切り開いたとも言える
ヒーロー系振り付け業界を例に取れば分かりやすいでしょう。
この業種、絶望的な後継者不足であります。
今この業界に参戦し、成果を残すことができればそれだけであっという間に
中興の祖的位置に据えられること間違いなしでしょう。
ただし、ダンスのように確固たる歴史や教本があるわけではありませんので、
本人の想像力や身体適性に拠る所大です。
振り付けの傾向に鑑みれば、
ミュージカル経験者、格闘技経験者であればすんなり導入できることでしょう。

「ジャンルの完成形」
新人にこれを求めるのは酷でありました。
取り下げることにいたします。

「別業種よりの刺客」
これなどは一番簡単なものでしょう。
別の趣味をお持ちでさえあれば、
それを活かしてネタを作ればよろしいのです。
ただその際一番陥りやすい失敗として、
DDRをまったく無視してしまう方々が多く見られます。
一番多いものとしましては、まったく譜面なしで伸び伸びとダンスをされる方。
次に、譜面を足枷としか感じていないようなダンスをされる方。
少なくとも、その別業種のネタをDDR上でやることによって
新しい視点が生まれるようなネタでなければ、
それは単なる自己満足に過ぎません。

例えば手品などは非常に面白い素材ではありますが、
これまで見たDDR手品は、手品技術はともあれ
DDR的には実にお粗末なものばかりでありました。
2nd時代にありました、中央で棒立ちのまま8拍に一度踏みながら
チャイニーズリングをするネタ。
つい先日発表されて大会騒然となりました、
ただぐるぐると回りながら手品を繰り広げるネタ。
いずれも、「手品の技術はさておき」、
あたかもDDRを蓄音機のように扱う不心得物ばかりでございます。

もしわたくしがDDR手品をやることがあるならば、
是非人体消失マジックがやりとうございます。
箱の中に隠れた人がちゃんと箱の中にいることを示すため、
中で譜面を踏んでいますよ、という具合にDDRを使用することでしょう。
稚拙な案で申し訳ありませんが、最低でもその程度は。
DDR上でやるからにはそれなりの意義を示していただきたいものです。


次に、DDRとダンスの関係について触れることに致しましょう。
わたくしはダンスについてはあまり詳しくありませんので、
技術的なところに触れることはありません。
その代わりといってはなんですが、
ここでは、世間で一時言われた
「DDR上でダンスをするのはダンサーに失礼だ」
という論題に関して取り上げ、
DDRerのあるべき心の持ち方について考えてみたいと思います。