『なりきりチャット』


●データ

分類:エンターテイメント(ウェブ)
管理:様々
種別:コミュニケーション


●はじめに

 今回取り上げるのは、「なりきりチャット」という娯楽そのものについてである。今まで取り上げなかったのが自分でも不思議だ。本来、一番最初に取り上げるべきものだった。
 私が此処で述べたいのは、『なりきりチャット』という娯楽についてのあれこれ、「私がそう思っていること」についてだ。それを否定するのも納得するのも貴方の自由だ。

●“なりきりチャット”の矛盾

 さて考えてみようか。“なりきりチャット”とは、一体どのような娯楽なのだろうか。
 架空のキャラクターに“なりきる”ことそのものを楽しむ娯楽?

 そんなわけが無い。

 もし本当にキャラクターに“なりきって”いるとすれば、どんな傍若無人でも赦されることになる。ところが、大抵のサイトにはこう書いてあるではないか。
 “節度を護って”“相手のことを考えて”
 そんなに「なりきり」たいのなら、演劇部に入るか小説でも書く方が正しいやりかただ(特に前者)。言っておこう。“なりきりチャット”の上手い人間に、“なりきり”なんてものは欠片も存在しないのだ。もっとも、“それはなりきりではない”と知らずに、上手い動きのできる人間も存在するが。
 さて、では“なりきりチャット”とは何であるのか?
 応えは余りにも簡単である。
 先の、「なりきりチャットサイトによくある注意書き」を見ればそれは明かだ。

 この注意事項が当て嵌まるのは、“コミュニケーション”である。今後の文章は、全てこの論を正しいものとして扱っていく。


●“なりきりチャット”をする際の目的

 では、“なりきりチャット”の目標とは何になるのであろうか。キャラクター性の表出? 相手をびっくりさせること? 美麗な文章を打ち、感動させること?
 否。それらは“手段”であって“目標”ではありえない。
 “なりきりチャット”がコミュニケーションである以上、目的はそれと極めて近しい。
 「相手も自分も快感情を持てる」。これ以上の目標などありえない。ありていに言えば、「その場の全員が楽しめる」ことである。


●“なりきりチャット”におけるキャラクター

 では、“なりきりチャット”におけるキャラクターはどのような存在であることが望ましいのか?
 それは、おぼろげながら感じているはずである。大抵のチャットサイトで、“絡みやすいキャラ”が推奨されているのだから、本当はみんな、それを分かっているのだ。
 “コミュニケーションで有効に使用できるキャラ”が、その正体である。『なり道』において、「良いPCの作り方」が紹介されているが、其処で「個性を持たせろ」と言っていることは非常に的を得ている。個性を持つキャラは、その個性を切っ掛けに会話に参加しやすいのである。更に、他のキャラクターとの個性を引き立たせる。我々はこの「個性と差異の発露」に、快感情を抱くのだ。
 逆に、コミュニケーションを阻害する「個性」など、ただの害悪でしかない。「なりきりチャット」は、「キャラクターの設定」以外に実際に遊ぶ際の寄る辺が殆ど無い娯楽だ。だからこそ、キャラクターは大切なのである。
 もし、あなたが「このキャラクターは使いにくい」と感じたら、設定や人格を変更し、それができないなら削除するべきだ。なりきりチャットはあなただけがしているものではない。あなたが使いにくいキャラクターは、相手にとっても絡みにくいのが普通である。それは害悪にしかならない。
 キャラクターのコトを考えたらそんな急な変更はできない、と思われるかも知れない。しかし、あえて言わせていただくのだが、なりきりチャットにおいてはキャラクターは、コミュニケーションを楽しむための道具なのである。あなたが人格に自信が在るのなら兎も角(そういう人は天性の才能でなんとかなる)、理論によってなりきりチャットを行うのなら、過剰な感情移入はすっぱり捨てるべきである。


●“なりきりチャット”における問題点

 さて、なりきりチャットの目的は、皆が快感情を抱くことだと述べた。所謂「困ったちゃん」は、大抵これに抵触している。その殆どが、「自分のことしか見えてない」=「コミュニケーション不全」であることからもそれは知れる。
 但し、1つだけ例外がある。
 それは、「内輪」である。実は、「内輪」とは或る意味で「なりきりチャットの目標」を極めて達成しやすいのだ。気心の知れた仲間には自分の意志が通じやすいし、それはそのままコミュニケーションが容易ということになる。更に、「なりきりチャット」は極めて時間と集中力を使用する遊びである。一日に精々1、2度できれば良い方だ。そんな貴重な機会を、できれば毎回快く過ごしたいのは当然ではないか。
 しかし、“なりきりチャット”は不特定多数のプレイヤーの乱入が前提の娯楽となっている。「内輪」は、つまり「仲間以外は入れない空気を作る」ことであるので、そういう観点では「内輪」は害悪である。
 内輪にならないための方法は実は簡単で、深い関係にならねば良い。仲間。友人。親友。恋人。特に恋人関係は、極めて近視眼的になってしまうので、禁止されているなりきりチャットサイトも多い。これでは、割と薄い関係ばかりになってしまうように感じるかも知れないが、事実その方がなりきりチャットにおいては有用なのだ。
 だが、「コミュニケーション」における最大の快感情は、「自分の行動で相手が変わる」ことである。これはそのまま、関係性の変化という意味でもある。
 これこそが、“なりきりチャット”という娯楽最大の構造的欠陥である。
 自覚すべきである。“なりきりチャット”は、エンターテイメントとして、とても大きな欠陥を抱えているということを。 


●最後に

 まだ書くべきことは残されているが、何分衝動的に筆を進めたもので、此処で一度筆を置かせていただく。
 私がこの文章を記したのは、「なりきりチャット」という娯楽を「健全に」楽しむ目をもってほしかったからだ。
 シリアスシーンをぶっ壊すことや、自分の思うように物事を進めることには、何の魅力も無い。
 願わくば、あなたがたが良いなりきりチャットライフを遅らんことを。この文を閉じる。



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