あなたをふり向かせたかった。
それが叶わぬ望みならば、せめて
あなたをつかまえていたかった。
たとえそれが、
あなたをどれほど苦しめることになるとしても。
両親の記憶などなかった。
ものごころついた時からずっと独りだった。
か弱さを、腕力を、頭脳を、他人を。
あらゆるものを利用しなければ生きていけない、
それが世界だった。
さいわい、と言うべきか、そうやって
すべてを利用して生きていくのは
それほど苦痛なことではなかった。
いや、むしろ。
『人生なんて、チェス盤にすぎない』
もちろん、口に出すようなまねはしなかったが。
人はまず、彼の美貌に魅せられる。
次には、その才能に。
そうやって、あわれな獲物たちが
罠にかかっていくのを、
ただ冷静に観賞するのが好きだった。
吸血鬼のとりこになった美女のように、
犠牲者たちが喜んでさしだしたその喉に、
牙をつき立てる瞬間が好きだった。
しかし何より好きだったのは、
強い獲物を相手にしたとき。
必死に抵抗して、もがいて。
それでも抗いきれずに、
ただ絶望していくさまを眺めるのが好きだった。
自分が信じているもの。
信じる力が強ければ強いほど、
それが揺らいだときの動揺も、
壊そうとするものへの抵抗も、
そして、
信頼が砕け散ったときの絶望も、
大きく、甘美だった。
狩りを楽しませてくれるほどの獲物。
それほど強く何かを信じている者には、
しかしなかなか巡りあえなかった。
かねてから、その教団の噂は聞いていた。
現世利益でも来世での救済でもない、奇妙な教義。
自らを『天使』と称する信者たち。
教団での地位を表すとされる、翼そっくりの装飾品。
なによりも、
“本物の神が、そこにはいる”
問うた相手はみな、声をひそめてそう言った。
すがりつくべき神など必要なかったし、
くだらない教義もどうでもよかった。
ただそこには、
強く強く信じるものを持つ、
極上の獲物がたくさんいたから。
その教団を、選んだ。
−続く−