side A

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 どうして、こんなことになってしまったのだろう。あんなに幸せだったはずなのに。

 私には娘がいた。いや、“いた”というのは間違いだ。娘は今もここにいる。だがあの頃は、娘はこん な箱の中に閉じこもってはいなかった。微笑みかければ、ちゃんと微笑み返してくれた。それなのに。
 父親の私がいうのもなんだが、娘は妻によく似て美人で、優しい子だった。 妻は娘を産んですぐに死んでしまったが、成長するたびに妻に似てくるこの子を見ていると、まだ妻 が生きていて3人で暮らしているような、そんな錯覚さえおぼえたものだ。
 裕福ではなかったが、幸せだった。二人で、いや三人でいれば他には何もいらなかった。
 そう、あの日が来るまでは。

 『大熱波』などと言われても、私達にはもう一つピンとは来なかった。
確かに世界は変わった。すべての物も、人も、奇妙な“歪み”を見せ始めていた。以前と変わらない のは皮肉にも、大熱波の原因になったと言われている「神経塔」だけだった。
 だが、私達はいつも三人だった。世界は変わってしまったが、私達三人だけは変わらず幸せだった。 もっとも、神経塔と同じように私達の内側も、この頃からすでに変化し始めていたのかもしれないが。

 「母さんを連れて帰ってきてあげるから」と、娘は笑って“赤の女王”に乗った。量子の存在確率に 干渉することによって、三次元空間の呪縛から解き放たれるという量子干渉列車。それを使えば、 たしかに母さんを連れて来れるかもしれない。けれどもしお前まで失ってしまったら、私はどうやって 生きていけばいい?私にはもうお前しか残されていないんだから。そう言って必死に止めた私を、 あの子はどうして寂しそうに笑ったのだろう。

 本当はわかっていた。あの子は私から逃げ出したかったんだ。だからあんなものに乗り込んだ。そして それが失敗に終わったとわかると、今度はこの箱の中に逃げ込んだ。
 本当にそれでいいのかい?確かに箱の中にいれば、私から逃げ続けられるかもしれない。けれど、 箱の中にいる限り、私の手の中から逃げられはしないんだよ。

 まあいい。おまえはそうやって、好きなだけ私から逃げていればいい。私はそのあいだずっと、 おまえを捕まえていてあげよう。気が向いたら、いつでも出てきていいんだよ。昔みたいに「ただいま」 なんて言って。そうしたら、またあの頃のように三人で暮らそう。
 私にはおまえがいれば、他には何もいらないのだから。

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