side B

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父さんは言っていた。「おまえはこの箱の中にいるんだ」と。
でもどうしてそんなことが言えるの。今父さんの目の前にいる私は、じゃあいったい誰なの。

 私たちは二人きりの家族だった。母さんは小さいときに死んでしまってよく覚えてなかったけど、 父さんはよく「お前は母さんにそっくりだ」って言ってたから、鏡を見るたびに母さんのことを思い出してた。 恵まれてると思ったことはなかったけど、不幸だと思ったこともなかった。父さんと二人でいれば、 それだけで幸せだった。
 そう、あの日が来るまでは。

 父さんはだんだん私を見なくなった。私を通して見ているのは、死んだ母さん。もう死んだ人なんて 見ててほしくなかった。私を、私だけを見てほしかった。だから“赤の女王”に乗ったの。成功すれば 時間を移動できるって言われて、意思の力でどこへでも行けるって言われて、最初に考えたのは母さんのこと。 父さんには私だけを見ていてほしかった。けど、今父さんが見ているのは母さんだけ。だから、 母さんを消してしまえば私だけを見てくれると思ったのに。やっぱり父さんはわかってくれなかった。 「お前を失ってしまったらわたしはどうやって生きていけばいいんだ」って言ったよね。でも、父さんが 失いたくなかったのは私じゃない、母さん。同じ人を二度も失うっていうのは辛すぎる事かもしれないけど、 私は、私を引きとめてほしかった。

 父さんはとうとう私を箱の中に閉じ込めてしまった。確かに、そうすれば私はどこへも行かない。 でもね、閉じ込められた私はそれで幸せかもしれないけど、閉じ込められなかった私はどうすればいいの。 箱に閉じ込められてる私が本当の私なんだったら、閉じ込められなかったこの私は、いったい誰なの? いろんな本を読んで、いろんな人の話を聞いて、いろんなことを考えたけれど、答えは出なかった。 でもきっといつか、答えを出してくれる人が現れる。そう信じて毎日待ってるの。この間通りかかった人は、 うまくしゃべれないみたいだったけど、とても深い目をしてた。他の誰とも違う、深い、哀しい目。 彼だったら、もしかすると、答えを出してくれるかもしれない。

 でもね、父さん。本当は分かってたんだ、多分こうなるだろうなって。私に母さんを消すなんてできるはず ないもの。だって、私は母さんだったんだよ。そんな私が、私を消すなんてありえないでしょ?

 父さんは母さんを箱の中に閉じ込めたんだよね。父さんに必要な、母さんを。だから、今ここに立っているのは 本当の私。母さんなんかじゃない、本当の私。

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