未来の美術 〜Understanding〜

 未来の美術 〜Understanding〜

 「カイン、これ何に見える?」
 「落書き」
 少女に問いかけられた問答に対して、即答する猫のような生物。
 少女の身長は150くらいか。
 そんなに大きくはない。
 黒い髪が印象的だ。
 対する、猫のような生物は外見は、猫と全く変わらないのだが、額に小さな角が生えている。
 角の生えた猫など聞いたことがない。
 だから猫のような生物としか言いようがないのだが。
 「理解出来る?」
 「僕にこれが理解できてたら、もっと凄いことやってるよ」
 「あっそ」
 二人の目の前には一枚の絵画。
 その隣にも隣にも隣にも……。
 ただ、どの絵も子供の描いた落書きにしか見えない。
 街の人に紹介されて、ココに来たのだが。
 面白いとは思えない。
 ガンガンと頭が痛くなるような気がしてくる。
 「ねぇ、エル。ぜんえー美術って、子供の描いた絵の事を言うんだね」
 「うーん……それは違うと思うけど」
 ぐるりと、周りの絵を見渡すエル。
 が、どの絵も理解しがたい絵ばかり。
 普通の絵かと思えば、上半分は、落書きをしたかのように絵の具を塗りたくったような人物画。
 子供の落書きにしか見えない絵画。
 ただ、赤いだけの紙。
 無意味に思える造形。
 確かに、カインの言うことも納得出来る。
 「これなら僕にも出来るよ」
 面白くなさそうに、カインは嘆息。
 「どうしてこんなのにお金払ってまで見なきゃいけないのかな?」
 「でも、ここを教えてくれた人は、絶対勉強になるって言ってたよ?」
 「騙されたんじゃない?」
 「そうかなぁ?」
 子供の落書きのような絵を前にして、エルは首をひねる。
 エルにココを教えてくれた人は、随分と美術に詳しそうな人だったのだが。
 「これだもんねぇ……」
 現実はこんなんだ。
 どうして、落書きにしか見えない絵が、高そうな額縁にずっしり納まっているのかも、二人には理解しがたい。
 「前に会った、公園で絵を描いていたおじさんの方が上手いよ」
 「そう…だね」
 思わずエルは苦笑を浮かべる。
 確かに、あのおじさんの絵は上手いとは言えないが、この目の前の絵画よりはマシに見える。
 しかし、それを肯定してしまえば、ここの入館料はなんだったのか?
 「あーダメダメ。あんまり難しく考えるとフケちゃう」
 「エルはもうちょっと考えてみたら?」
 「どういう意味?」
 じろりとエルはカインを睨む。
 が、カインはそんな事お構いなしとばかり、どこかを向いていた。
 エルの口からため息が吐き出される。
 「はっはっは。君たちにはまだ難しいかね?」
 後ろから声を掛けられ、慌てて振り向くエル。
 カインは面白くなさそうに、毛繕いを始めていた。
 「あ、ども」
 お辞儀をする。
 声を掛けてきたのは、この美術館の館長だった。
 エルは、館長の機嫌を損ねたかと思って彼を見たが、彼は笑みを浮かべてエル達を見ている。
 どうやら、機嫌を損ねてはいないようだ。
 「あの、これどういう絵なんですか?」
 「君は何に見えるかね?」
 「落書きだよ。絶対」
 エルの代わりにカインが答える。
 慌ててエルはカインの口を押さえた。
 「こ、こら!」
 「はっはっは。いいんだいいんだ。ココに始めてくる人はみんなそういう顔をしてるからね」
 館長は、ストレートなカインの台詞に笑って答えた。
 「これは、前衛美術と言ってね。見て感じる美術なんだ」
 「見て感じる……」
 「そう。この絵画、すべてにメッセージが込められている。いろんな事を湾曲して、デフォルメして、ストレートに通じるようにね」
 「はぁ」
 言っている事は正しいのか正しくないのか。
 矛盾したような館長の言葉に、エルは苦笑い。
 なんとも言えない気分だ。
 「じゃぁ、これにはどんなメッセージが込められているんですか?」
 目の前の落書きのような絵を示す。
 が、館長は笑みを零すだけだ。
 「それは見る人次第。そこの猫君みたいに落書きだって思っても別にいいし、壮大なメッセージを読みとってもいい。見て感じるモノが、この美術品のすべてなんだ」
 にこにこと微笑みながら館長はそう言い切った。
 嘘を言っているようには見えない。
 「でっちあげだ」
 ボソリと呟いたカインの台詞はあえて無視。
 エルはその絵画をじっと見詰める。
 「何か分かったかい?」
 「ええ。なんとなく」
 にこやかにエルは笑みを返す。
 隣でカインが小さく嘆息をしている姿があったが。
 「それじゃぁ、他の作品も見て、自分の感性を垣間見てみるといいよ」
 館長はそう言うと、またどこかへと歩いていった。
 エルは目の前の絵画をじっと見て、次の絵画へと移る。
 また、じっと見る。
 「何?面白くなってきたの?」
 「いや、前と変わらず何がなんだか分からないよ」
 カインの問いかけにエルは戯けてみせる。
 それから、ぐるりと一周して、出入り口へと向かう。
 帰りがけに、受付で再度、チケットの確認をして……。
 「何か得られたかな?」
 不意に声を掛けられた。
 振り向くと、そこには笑みを称えた館長の姿。
 「ええ。とても勉強になりましたよ」
 エルはくいっと口の端を上げた。
 足下では、カインがあくびをしている。
 「そうか。それはよかった。でも、そこの猫君は、興味なさそうだけどね」
 「あ、カインは、寝る事と食べる事しか、興味がないんです」
 「酷い」
 抗議の声を上げるカインを無視。
 話を進める。
 「誰の絵が一番印象深かったかな?」
 「うーん、ちょっと分からないですね」
 笑みを浮かべながら、エルは曖昧に答えた。
 それでも館長はうんうんと頷いている。
 「確かに初めての場合、そうかもしれないね。でも、何回も見ているうちに、はっと気付くんだ。この絵はこういう意味なんだって。それが前衛美術の楽しみ方の1つ」
 「そうなんですか」
 「第一印象と、調べてから見るでは全然違うモノに見えるよ」
 嬉しそうに説明をする館長。
 彼は随分と前衛美術に熱があるらしい。
 まぁ、なければ、前衛美術館の館長などやっていないと思うが。
 「君は理解度が高そうだ。どうだい?コピーで良ければ格安で譲るけど」
 「旅の邪魔になりますんで」
 丁重に断る。
 館長は随分とがっかりしたような表情を浮かべた。
 「旅の途中じゃ、仕方ないな」
 「ええ。それじゃぁ、私達はこれで」
 「どうも。良かったらまた来てくれよ」
 「ありがとうございました」
 館長を背にし、エルとカインは美術館を後にした。
 
 バイクの爆音が聞こえる。
 景色はどんどん後ろに流れ、もうあの美術館も見えない。
 「ねぇ?エル?」
 「何?」
 「エルは、あの絵から何が分かったの?」
 突然、カインがそう問いかけてきた。
 風で聞き取りにくくなっているが、なんとか聞き取る。
 そして、エルはにやりと笑った。
 「何も分からなかったよ」
 「えー!それじゃぁ、僕と一緒じゃないか!嘘言ったんだ!嘘吐きー!」
 抗議の声を上げるカイン。
 だが、エルはそれに対して笑みを浮かべたままだ。
 訝しげなカインの目がエルに注がれる。
 「もしかして、開き直り?」
 「違うよ。だから、『何も分からない』って事が分かったの」
 「なんだよーそれー」
 「あの館長さんも言ったじゃない。『見て感じるモノが、この美術品のすべて』だって。私は、あそこの美術館の絵を全部見て、理解したの。『全然分からない』って」
 笑うエル。
 それを見て、カインは嘆息した。
 「お気楽」
 「人生、難しく考えたら、フケちゃうもん」
 明るいエルの声。 
 「まぁ、あそこを教えてくれた人の言う通り、ある意味、勉強になったけどね」
 くすくすと笑みを零す。
 あの教えてくれた人は一体どんな事を思って、紹介してくれたんだろうか?
 こうなることを理解してたのか、それとも本当に素晴らしいものとして教えてくれたのか。
 「退屈しのぎにはなったんじゃない?」
 「僕は退屈が募った気がするよ」
 カインの台詞に笑いがこみ上げる。
 が、その笑みも、バイクのエンジン音に掻き消されるように消えていく。
 「さて、次はどんな所に行こうかな?」
 「海が見たい!海」
 「私は美味しいモノが食べたいな」
 「エルの食いしんぼー」
 バイクは道の通りに進む。
 しばらく一本道が続きそうだ。
 「とりあえず、先に進もうか」
 スロットルをひねり、バイクは更に爆音を上げながら、向こうへと消えていった。
 残されたのは、砂煙とタイヤの跡だけ……。

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