ドラッグ・DVD

ドラッグ・DVD

 それは、高校からの友人Mからのメールが始まりだった。今の携帯電話はEメールなんか当たり前に出来る。その友人Mのメールは携帯電話から送ってきたようである。
 内容は「面白いDVDが手に入ったよ。Rも誘ったから今度の日曜でも一緒に見よう」というモノだった。
 コンビニのバイトを辞めて土日が完全にフリーな私が断る訳もない。即刻OKの返事を出し、Rとも連絡を取る。Rはフリーターで暇をもてあましているはずだ。この話に乗らない訳がない。

 当日、私がMの家に行くと、すでにRが来て、MとPSで格闘ゲームをやっていた。
 「遅くなった」
 「やっときたか」
 「ごめん。寝坊してさぁ」
 「夜遅くまでネットしてたんじゃないの?」
 「大当たり」
 さすが高校からの親友。私の行動を良く分かっている。が、嫌な思いはしない。2人につられて私も笑ってしまった。
 「んで?面白いDVDってのは?」
 「あ、そうそうこれなんだけどさー」
 ごそごそと散らかった部屋の中から1枚のDVDを取り出すM。
 そのDVDにはラベルが貼られておらず、ケースもただの透明なケースだった。
 「何?コレ」
 「パッケージとかないの?」
 「いや、俺も友達から借りたから。内容は……見れば分かるよ」
 意味ありげな笑みを浮かべて、MはデッキにDVDをセットする。
 「なんだと思う?」
 「さぁ?映画かな?」
 この前、私はMにDVDのマトリックスを借りたばかりだ。洋画かもしれない。でも、このメンツだからアニメだろうか?
 まぁ、どちにせよ、面白ければそれでいいのだが。
 Mがリモコン操作でDVDを再生させる。
 どんなモノだろうかとわくわくした。それはRも同じらしい。Mだけがそんな私達を面白そうに見ている。
 DVDが回転し、映像が画面に映し出された。
 映し出されたモノは、変哲もない単なる公園の映像だったり、高速道路の映像だったり……。
 何かの記録にしては、映像に統一感がない。
 オープニングなのだろうか?
 首を捻りながらその映像を眺めているものの、それは変わることなく、どことも分からない、なんのつながりもない映像が流れ続けた。
 普通ならこんな映像、眠くなるだけか、つまらないのだが、何故か惹きつけられる。そして見ていると頭がぼんやりしてきた。
 寝るか寝ないかの寸前にいるような気持ちよさなのだが、目だけはしっかりと映像を追っている。脳だけがおかしくなってしまったかのよう。まるでラリっているかのように思えた。
 そして、映像がだんだん溶けてくるかのように崩れ落ちる。いや、映像だけではない。目に見えるモノすべてがドロドロと溶け始めていた。
 だけど果てしなく気持ちいい。このままどこかに行ってしまいたい気分。
 「あら?帰ってたの?」
 そんな声が背後から聞こえ、はっとする。
 刹那、現実に引き戻された私は、後ろに立っているのがMの母さんだと分かった。
 「あ、おじゃましてます」
 「いえいえ、ごゆっくり」
 ぺこっとお辞儀をすると、Mの母さんはMの姿を見て呆れたような表情をしいたが、そう俺に言葉を返してくれる。買い物から帰ってきたのであろう。大きなビニール袋をテーブルの上に置いて、奥に去っていってしまった。
 映像はまだ流れている。
 あの光景はなんだったのだろうか?
 ふと横を見ると、MとRが恍惚とした表情で映像を見ていた。
 私もあんな風に見ていたのだろう。ふと時計を見ると、何時の間にか30分近く経過している。ほんの5、6分だと思っていたに。
 DVDは人混みの中の映像を捕らえていた。前と変わらないただ垂れ流しの映像。それを見ていると、また頭がぼ〜っとしてくるような感覚にとらわれる。
 流されてしまうくらい気持ちいい。まるで麻薬でもやっているかのようだ。
 麻薬!?
 その時、私の頭の中に一つのビデオタイトルが思い浮かんだ!
 『マジック・ランタン・サイクル』
 一昔前だが、広告クリエイターの間で「悪魔のテキスト」と呼ばれていたフィルム。一流広告クリエイターになるために、このフィルムを10回以上見る事、とまで言われていた凄い代物だ。
 このビデオの中には広告の素晴らしいアイディアが山のように詰まっている。それを自分で解明し、その原理を知れば素晴らしい広告が出来ると言われた。
 実はマジック・ランタン・サイクルとは、社会から抹殺されていく麻薬の代わりになる合法ドラッグを作り出そうとした産物の一つである。音楽で言えば後期ビートルズ、文学ではW・バロウズ、映像ではディズニーのファンタジアなどが有名だ。
 内容は、このDVDと同じ、変哲もない映像がただ流れてくるだけなのだが、これを見ると、強いドラッグをやった時と同じ気分になれるらしい。
 まさにこの現状そのものではないか。
 はっと現実に再度戻される。
 DVDの謎に気付いた私は、このDVDをコマ送り再生したい衝動に駆られた。
 コマ送りすればこのDVDの謎の一部が見えてくるかもしれない。
 マジック・ランタン・サイクルはサブリミナル(潜在意識)映像効果の見本集なのである。
 たとえば、マジック・ランタン・サイクルで噴水のシーンにはフィルムの上から手作業で何か書き込んである。吹き上がる水の形が、人為的に変えられているのだ。そしてその画面を逆さまにすると、明らかに水しぶきが紛れもなく男根に見えるのだ!さらには流れる水の中にはうっすらと「SEX」んほ文字が描き込まれている!
 また、コカインを吸っている人の映像に、メイクを施した警官の人形が1フレーム(1フレーム=0.041秒)差し込まれているシーンなんてのもある。
 普通に見ている分にはまったく分からない。しかし、驚くべき事に、そんな瞬間の映像を人間の深層心理は知覚し、恐怖を覚えたり興奮したりするのだ。
 悪魔のテキストと呼ばれたマジック・ランタン・サイクルとは人間の意識に激しく作用して、やがて強い薬物のように脳を侵してしまうビジュアル効果を具体的に教えてくれるテキストとして、広告クリエイター達を魅了していた。
 それが目の前に同じようなDVDが存在している。
 マジック・ランタン・サイクルのビデオ版もLD版も確か絶版のはずだ。再販運動もあったが、再販されたかどうかはよく分からない。
 待てよ……日本産のビデオ・ドラッグシリーズが確か……。
 そんな事を考えているうちにDVDの回転が止まる。
 はっとした。
 DVDはそこで終わってしまったのだ。
 「凄いだろ?」
 「あぁ!」
 映像が終わって、正気に2人とも戻ったのだろう。まだ、興奮冷めやまぬといった雰囲気でDVDの感想を話し合っていた。
 MとRはこのDVDの虜になってしまったのだろうか?背中に冷ややかなモノが流れる。マジック・ランタン・サイクルなんて普通の人は知らない。あれはアンダーグラウンドな代物だからだ。
 「もう1回見たいよ」
 「ダメダメ。これは1日1回しか見られないんだ。あまり見過ぎると可笑しくなるって貸してくれた奴が真剣に言ってたからさぁ。一応決まりらしい」
 「へぇ……」
 MとRの会話が聞こえる。私にはDVDの話ではなく、ドラッグのヤバイ話に聞こえなくもない。
 しかし、1日1回という決まりは、私にコマ送り再生する機会を逃した事を伝えていた。あれは本当にドラッグ・DVDなのだろか?
 あのすべてのものがドロドロと溶けていくような気持ちは……。
 「貸してくれない?そのDVD」
 思い切って聞いてみる。私は最近DVDを再生出来るパソコンを購入したばかりだ。このDVDの謎を追ってみたくなったのである。
 だが、Mの口からは「YES」の言葉は出なかった。
 「ごめん。これ明日には返さなきゃいけないんだよ。借りたい奴がいっぱいいるらしくて」
 DVDの謎を絶つ一言だった。

 あれからMからのメールは来るものの、あのDVDの話はない。
 本物なのか、それとも偽物なのか……。インターネットで探してみようかとも思ったが、どこか恐怖を感じて探さないままでいる。
 私にはそれを判断する気力はもう残っていない。
 これを読んで興味が出てきた方、調べてみてくれないだろうか?合法ドラッグ『マジック・ランタン・サイクル』の存在を。


附記
・ 『マジック・ランタン・サイクル』は、アンダーグラウンドの代表的ドラッグ・フィルム作家 ケネス・アンガーの作品群をまとめたものです。
・ 『マジック・ランタン・サイクル』はビデオ版はバンダイから、LD版はアスミックから発売されていましたが、絶版になり入手困難だと思います。再販運動が起こりましたが、現在発売されているかどうかは知りません。
・ 『ビデオ・ドラッグ』シリーズはアスク講談社からリリースされていました。
・ サブリミナル効果をCMなどに使うことは現在日本では禁止されています。
・ この物語は半分フィクションで半分がノンフィクションです。どこからどこまでが真実かはこの場では語りません。

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