泡影

泡影

 人間はなぜ生きているのか考えた事があるかい?
 T.カーライルはこう言った。「人間とは何か?愚かな赤ん坊だ。無駄に努力し、戦い、苛立ち、何もかも欲しがりながら、何にも値せず、小さな墓をただ一つ得るだけだ」
 君は何を欲しているんだい?この世のすべて?それとも明日への活路かい?
 本当に欲しい物は自分の中に存在してる。それが分かるか分からないかの違いさ。分かっている振りをしていても、結局は分かっていない。分かっているヤツってのは極少数だ。そして、分かってるヤツが天才とか呼ばれる人種だ。
 自分は特別だとか、自分は他人と違っていなければならない、個性だなんだと騒ぐ必要はない。この社会の元において、個性なんかたった一握りの砂でしかありはしない。もろく、手に取っても取っても指の先から零れ、残るのはほんのわずかだ。
 平凡であることを恐れ、誰かと違いを見つけることで自分という形を保っていたいだけなんだ。結局みんな同じ。強い個性なんか持っていられない。違う自分を誇りに思いながらも、他の人と一緒でありたいという矛盾を誰もが持っている。
 そして、個性だなんだと騒ぎながらも、与えられる情報は操作され、画一的な情報しか見てはいない。それでもその情報が正しいと、本に書いてあること、知識人が言うことは正しいと思いこんでいる。本当の事なんか誰も知らない。真実と思わされている所で踊っているにすぎないのさ。
 みんな病んでいるんだ。そして誰かを傷付けながら生きている。
 どうして君は生きているんだい?どうして明日を望むんだい?
 生きていくという事は、人を傷付けていくということだ。今日という日は、誰かの犠牲の上に成り立っている。何人、いや何百億以上の屍の上に立っているんだ。その屍一つ一つが絶望という虚妄と希望という幻影の中をさまよって来た。
 今という現実が君のしてきた過去の結果だ。それは真実しか表さない。誰のせいでもない。自分のしてきた鏡だ。
 M. d.モンテーニュは言った。「生命の不断の営みは、死の建設である」
 君は生きながら死を見続けている。未来に希望と絶望を胸に抱きながら。君の未来は君しか分からない。誰も手出しは出来ないし、誰も曲げられない。
 気楽になりたいなら、簡単だ。心をなくすだけでいい。
 さぁ、僕の言いたい事が分かってきたかい?僕の言いたい事を愚かだと思うか高尚だと思うかは君次第だ。君はこれをどう見るのかも君の勝手だ。僕はこの紙面上で自由だが、君がどう捉えるかなんか気にはしていないし、拘束も出来ない。
 さぁ、君はどうして生きているんだい?その命題が分かれば、君は何をすべきかちゃんと理解しているだろう?違うかい?

虚無の世界からこれを読む人に愛という幻を込めて

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