方向性
方向性


 ドキドキと、相手に聞こえるのではないかと思うくらい自分の心臓は高鳴っている。緊張しているのだ。それもかなり。額から汗が一筋垂れる。
 俺の目の前にいる相手は、にやにやと嫌な薄笑いを浮かべている。まるで俺などすぐにでも……。という表情だ。
 実際奴の方が俺より数段有利なのは事実である。俺に今出来る事は、相手の出方を予想して動く事しか出来ない。
 「どうしたんだ?顔色が悪いぜ」
 にやにやとした笑いを絶やさず、奴は俺にそう語り掛けてくる。その口調には余裕さえも感じられた。
 まさにヘビに睨まれたカエルのような心境である。また額から顎に向かって、汗が一筋流れた。
 否が応でも緊張を感じる。
 俺は奴を睨み付けるものの、そんな俺の睨みなど、関係無いように涼しい表情をしている。気合でも負けているのだろう。
 悔しい…悔しい…悔しい…悔しい…悔しい…悔しい!
 しかし、ここで冷静さを忘れるわけにはいかない。ここで負けてしまえば、反撃などありえないのだ。ここで我慢して、相 手の動きを予想しなければな らない。
 次はきっと……。
 そんなことを思いながら奴を睨み付けるように見る。奴の薄ら笑いはどうも好きになれない。
 だが、ここで負ける訳にはいかない。冷静にならなければいけなかった。
 奴の薄ら笑いは俺の冷静さをなくそうとしているのだろうか?いや、そんな作戦が奴に考えられる訳が無い。ただ、俺を 笑っているだけだ。
 ぐるぐるといろいろな事が頭の中に渦巻いている。
 集中力が欠けることに繋がってはいけない。俺は奴を睨む事だけに集中する。
 「へへへ。行くぜ」
 嫌な笑いをしながら、奴は俺に向かってそう言った。
 俺はそれに黙って肯く。
 奴はどう動く?上か?下か?左か?もしくは右か?
 色々な考えが俺の中に混乱させるかのように渦巻いている。
 奴の右手をぐっと睨んで、俺は構えた。
 しかし、奴はどう行動するか俺には分からなかった。奴はただただにやにやと薄ら笑いを浮かべているだけである。
 くそっ!どこだ?いったいどこに動くって言うんだ?
 焦っている俺に、奴の目線が左方向を見たのを俺は見逃さなかった。
 左?いや、あれはフェイントっ!左と見せかけて実は右だ!いや、しかし俺がそう思う事を前提にした引っかけかもしれない。分からない。どうしても 分からない。
 「それじゃ、行くぞ!」
 右!右だ!俺は本能的にそう思い、左の方向を向こうとしていた。
 「あっちむいてホイ!
 奴の掛け声と共に俺は左の方向に顔を向ける。
 そして、奴の右の人差し指が指している方向は…………左だった。
 「おっしゃー。これで俺の4連勝な。本当に弱いなお前」
 「うるさい。もう一回だ。もう一回」
 「よし。もう一回やってやるよ」
 「今度こそ勝つ!」
 そしてまた、漢の熱い戦いが開始された。

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