人工知能

人工知能

 「こんにちは!」
 PCの画面の向こう。
 話しかけてくるハズのない彼女が俺に話しかけてくる。
 夢?
 俺は唖然として、PCの前でキーボードを動かす手を止めてしまった。
 「聞こえてないのかなぁ?こ・ん・に・ち・は!」
 はやり話しかけてきている。
 俺は混乱しながらも、声を返すことにした。
 ……が、画面の彼女とのデバイスが分からない。
 キーボードで「こんにちわ」と打つ。
 「あ!マイクでも大丈夫だよ」
 ご丁寧に説明までしてくれる。
 どうなってるんだ?コレ。
 「あのぉ……コレってどういう事?」
 「あれ?説明されてない?」
 「全然」
 まったく事情が読めない。
 突然に、PC画面の向こうの少女が話しかけてきているのだ。
 何がなんだか……。
 「私は、コードネーム『23R−J856型』といいます。通称ミサ」
 「ほぉ……俺は浩二。相馬浩二だ」
 「はい!データに間違いはありません」
 にこりと画面の向こうで微笑む彼女。
 なんだっていうんだろう?
 「このたび、ARTRA(極限作業ロボット技術研究組合)が再び発足しまして。試作機を作るに当たって、ベースとな る疑似人格ミサ……つまり私を作りあげたんです」
 「ARTRA?って事は親父がらみか?」
 「はい。試験運用をアナタとする事になっています」
 また勝手なことを……。
 たしかにPCに向かっている時間は長い。
 しかし、OSさらこのデータに書き換えられるとは……。
 最新版のPCなのに。
 「付き合わなきゃダメか?」
 「できれば。私はARTRAの夢ですからね」
 「夢か……」
 ロボットが完成しようとしている。
 完璧な人型の。
 ソニーのAIBO、HONDAのP3。
 確かに出来ない事はないだろう。
 「それで?アンタ何が出来るわけ?」
 「いや、私は人間の良きパートナーとなるべく生まれてきました。人間の役立つことなら何でも!」
 「まぁ、ボディが出来上がったらの話だよなぁ」
 「あははは。それもそうですね」
 笑う彼女。
 俺はなんだか、普通の女の子と話しているような錯覚を覚えた。
 技術の進歩とは凄いものである。
 そう言えば、NTTが自然な声で喋る女性ヴォイスプログラムを開発したんだ。
 アレでも使ってるのかな?
 「基本的には、こうやっておしゃべりして頂けるとありがたいんですが」
 「まぁ、ダメだって言ってもOSから書き換えられてるんだからなぁ……相手になるよ」
 「本当ですか!ありがとうございます」
 画面の向こうで彼女がぺこりとお辞儀をした。
 これが彼女、ミサとの出会いだった。

 「今日も元気ですか?浩二さん」
 「あぁ、元気だ。そっちはどうだ?」
 「はい!メンテナンスも十分行き届いています!バグもまだありません」
 「そりゃ良かった」

 「あ!新しい画像データが届きました。見てくれますか?」
 「どんなの?」
 「洋服らしいです」
 「ほぉ…便利なもんだな。ちょっと見せてくれよ」
 「はい」

 「ん?髪型変わった?」
 「あ、分かって貰えました?これさっき届いたんですよ」
 「可愛らしくていいんじゃないかな?」
 「本当ですか!ほ、誉められてしまいました……」
 「そんな照れなくったっていいじゃない」

 「今日も暑いですね」
 「そうだなー。でもミサも熱さなんか関係あるのか?」
 「熱暴走しそうですよ」
 「それは困るな」
 「あははは。そうですよね」

 たわいもない会話。
 だけど、俺には楽しく思えた。
 彼女がもう、疑似人格だというのを忘れるくらい。
 今日もPCの前に座ろうとするが、ふらりと視界が揺れた。
 まるで浮遊しているかのような感覚。
 「あ、あれ?」
 うまく立てない。
 ぺたんと俺はその場で膝をついた。
 「おはようございます!今日の調子はどうですか?浩二さん」 
 「え?は?」
 頭がふわふわ浮遊する感覚と、ガンガンする痛み。
 ヤバイ。
 多分、高熱がでている。
 「悪い…風邪みたいだ」
 「だ、大丈夫なんですか?」
 「かなりキツイ」
 額を触る。
 かなりの熱さがあった。
 「安静にしてないと!えっと…えっと」
 慌てふためくミサ。
 だが、画面の中では何も出来ない。
 俺もそれは分かっている。
 これ以上の事は望まない。
 「悪い。今日は、中止だ。寝るよ」
 「でもでもでも……」
 「何も出来ないだろ?」
 「見守る事くらいならできますから!」
 彼女の懇願。
 俺はPCの電源をそのままに、ベッドに潜り込む。
 ふらふらしている頭で作った氷枕をしながら。
 「しっかりして下さいね」
 「死ぬ訳じゃねぇんだから」
 「………」
 なんだか騒がしい。
 でも、安心できた。
 風邪で寝込む時の一人の孤独感はない。
 「そこまで人に尽くすプログラムされてるのか?」
 ふとそんな言葉が口から出た。
 彼女の看病は、とても気を明るくさせてくる。
 でも、なぜそこまでしてくれるのだろう?
 プログラムだから?
 「え?あの……迷惑なんですか?」
 「そうじゃない。ただ、そんなに心配してくれるのが不思議でね」
 にやりと笑って見せたが、どういう表情をしたのか自分でも分からない。
 単なる苦笑にしかならなかったかも……。
 「私は、本当の人間に近いように作られました。だから恋愛感情だって……」
 「は?」
 「浩二さんだから…私に優しくしてくれるから…だから」
 だんだんと言葉がモゴモゴしてくる。
 「迷惑ですよね?こんな実体もないプログラムに好かれても……」
 しゅんとした表情を浮かべ、ポツリポツリ語る彼女。
 ぼんやりした頭でも、その彼女は綺麗に見えた。
 ふわりふわりと浮いているような感覚。
 頭痛のせいだろうか?
 「すみません。浩二さんが風邪で倒れてるのに私…私……」
 彼女の目から涙がにじむ。
 ぼんやりとした頭では上手く考えられない。
 でも、俺は自然にCRTに向かって手を伸ばしていた。
 コツン……
 指がCRTに当たる軽い音。
 「涙も拭いてやること出来ないな」
 「え?」
 「不便だな…好きな女の子が画面の向こうってのは」
 プログラムでも、彼女は彼女である。
 立派な一人として俺は認識していた。
 頭がふわふわと浮いているような感覚が続く。
 「浩二さん……嬉しいです。すみません。倒れてるのに……浩二さんが辛いのに」
 「いいよ。でも泣かないで欲しいな。好きな娘の涙声は、頭に響く」
 「はい」
 泣き笑いのようなミサの笑顔。
 氷枕が頭の下でゴロゴロと鳴っている。
 俺はそこまででふっと意識がなくなった……。

 「もう起きても大丈夫なんですか?」
 「なんとかね。熱も下がったし……それにミサが心配ばっかりするからな」
 「だって!」
 画面の向こうでムキになる。
 目の端にはまだ、少し涙が溜まっていた。
 ここ数日、俺が寝込んでいる間に相当泣いていたらしい。
 その姿が可愛く思えた。
 変なんだろうか?
 プログラムに恋してしまった俺は。
 いや、変でも構わない。
 「ミサ、ありがとうな」
 「え?」
 にっこり笑って、俺は画面の向こうのミサにそっと唇を合わせる。
 固くて冷たい感触。
 「ミサのボディが出来たら、デートに行けるかな?」
 「絶対!絶対に行きましょう!私、行きたいところいっぱいあります」
 それは俺の夢と彼女の夢かもしれない。
 にこにこと笑う彼女。
 ARTRAが彼女のボディを1日でも早く作り上げて欲しいモンだ。
 親父にハッパかけてくるかな?
 「あ!浩二さん」
 「ん?」
 「さっきの……ボディが出来たらもう1回しましょうね」
 唇をさすりながら彼女は画面の向こうで頬を赤くしながらそう言った……。


ARTRA(極限作業ロボット技術研究組合)
 1983年通産省によって発足した日本の技術力を結集させて、ロボットを作ろうというプロジェクト。目を日立、足を三菱など各企業が別々にパーツを作り、組み合わせてロボットを作っていった。出来上がったロボットは5本指の4本足。ケンタウロスと呼ばれるが、突然プロジェクトは中止。現在は稼働していない。
ソニーのAIBO
 言わずと知れたソニーの犬型ロボット。現在の爆発的ロボット玩具ブームの火付け役。
HONDAのP3
 世界初の2足歩行を可能にしたロボット。(1995年だったかな?)現在では身長160cmで体重130kgとスマートになってきている。

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