北風
北風

 『風』
 空気が流れ動く現象。時に優しく、時には激しく。暖かさや冷たさ、いろんな面を持つ風。この現象は、いや、風はどれだけ待っているのだろうか?
 また、どれだけの事を知っているのだろう?

 冬。
 風が冷たくなり、乾いた風の吹く季節。
 ここ、周辺では強い乾いた北風が吹く。
 まるで何かを求めているように、理解者が欲しいかのように。

 俺は夜の道を歩いていた。
 どうという理由も無く。ただ歩きたかった。それだけの理由で。
 しかし、この寒い季節に夜中歩きに出る者などあまりいない。
 自分でもどうしてこんな寒い中歩きたくなったのかよく分からない。
 が、歩きたかったのは事実である。まぁ、簡単な息抜きがしたかったのかもしれない。
 「おぉぉっっ。さむぅぅ」
 コートに包るようにしながら俺は道を歩いた。
 今日も風が強い。
 顔面にあたる風がやけに冷たく感じた。
 息をすると、白い息が小さな空間を一時的に白く染めて、直ぐに風に掻き消されるように消える。
 白い息から視線を戻す前に、強い風が俺の頬をすばやく撫でるように吹いた。
 「さむぅぅ」
 思わず身を縮める。
 「こんばんわ」
 それと同時くらいにそんな声が俺にかかった。
 前を向くと、いつのまにか見知らぬ女性が一人。
 年齢は俺と同じくらいだろうか?どことなく冷たそうな女性だった。  
 「こんばんわ。冷えるね」
 「でも、月が奇麗ですよ」
 ふと、空を見上げると、この寒さとは関係ないように星が瞬き、月が奇麗に映し出されていた。
 雲一つ無い夜空だ。
 奇麗だと思う前に寒いという感情が出てくる。
 ロマンチックでもなんでもない自分に苦笑を浮かべた。
 「寒いのはキライですか?」
 ぶっつけな彼女の質問に俺は苦笑する。
 確かに苦手だ。
 どうせなら、こたつにでも入ってゴロゴロしていたい。
 「苦手だな。風が冷たいし」
 「そうですか……」
 意味ありなげ言葉と、それでいて世間話をしているような彼女の口調は、どことなくだが、神秘的なものを感じる事が出来た。
 「でも、空気が澄んでますから。星が奇麗に見えるんですよ。ほら、オリオン座があんなはっきり」
 彼女が指差す方向には確かに、中学くらいの理科の授業に習ったオリオン座が輝いてみえる。
 星なんてそういう眼で何年見てなかっただろう?
 「でも、この風がもうちょっと止んで冷たくなかったら星の観察には最適なんじゃないか?」
 「……知ってますか?北風は純粋なんです。それでこんなに空気が澄んでいる。でも、北風は寂しくて誰かに助けを求めてるんです。風が冷たいのも強いのも『乾いた自分の心を他人に暖めて、そして潤して欲しいか ら』ですよ」
 「へぇ」
 真剣には聞いていなかった。
 どこかのおとぎ話を聞いている感じ。
 「信じてませんよね?」
 彼女の口調はそれが当然だと言う口調だった。寂しそうな表情を浮かべるながら。
 確かに信じられない。そんなおとぎ話のような話は。
 それでも、俺の中で何かが動いていた。
 「正直信じられないな」
 「見ててくれる人が必要なんです。心を理解してやさしく支えてくれる人が風にも人にも」
 何故だか何も言い返せなかった。
 俺の言葉は単なる慰めにしかならないのかもしれない。
 それがわだかまりを生んでいるようで、もどかしくて。
 「ちょっと待っててくれ」
 俺はそう言うと走っていた。
 その先には……自動販売機。
 500円を投入するとランプが点る。
 それを確認すると、俺は暖かいコーヒーを3本買っていた。
 ここで、俺が出来る事は、関わり合いにならない事か……少しでも理解することだった。
 「ほら」
 俺は買ってきたコーヒーを彼女に渡す。
 そして、もう1本は自分でプルタブを開けた。
 「あの……」
 「ここに3本ある。1本は君、1本は俺、そして残りの1本は北風にだ」
 俺はそう言って、その場に残りのコーヒーの缶を静かに置く。
 俺なりの答えのつもりだった。
 「俺は正直言えば、君の言う事は理解しかねると思う。でも自分の考えがすべてじゃないからな。寂しがりの北風と一緒に暖かいコーヒーと洒落込もうぜ」
 そんな俺が彼女にどう写ったのだろうか?
 彼女は不思議そうにきょとんとしていたが、不意ににっこりと笑った。
 何かを理解したかのように。
 「ありがとうございます」
 ぽつりとそう呟いた。
 俺にしか聞こえないくらいの小さな声で。
 なんだか気恥ずかしい感じがして、星空を見ながら、頬を掻いた。
 我ながら柄でも無い事をしたと思う。
 でも、彼女にはほっとけない何かがあった。
 「私の話、真剣に聞いてくれたのは貴方が初めてです」
 ぺこりとお辞儀をして、彼女はそんな言葉を口にした。
 彼女はこの北風の話を何人にしてきたのだろうか?
 「なぁ、君は……」
 いったい誰なんだ?と聞こうとした瞬間、風が俺の頬を撫でて過ぎていった。
 砂埃に、眼を閉じたが、再度開いた時には、彼女の姿も缶コーヒーもなくなっている。
 俺はその場に立ち尽くしてしまった。
 今までの出来事はなんだったのだろうか?彼女は何者だったんだ?
 再度風が吹く。
 しかし、今度の風は少し暖かいような感じがした。
 「まさかな」
 俺は手の中で熱を放つ缶コーヒーを握りながら家へと戻っていった。
 彼女の言う事が本当なら、北風はきっと明日も『乾いた自分の心を他人に暖めて、そして潤して欲しいから』 吹くんだろう。
 そして段々と暖かな風になるに違いない。
 まだ寒い夜空には無数の星が澄んだ空気の中、輝いていた。無論、オリオン座も…… 。

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