お口に
お口に

 目の前に置かれているモノ。私の苦手なモノ。
 いつもは優しい人も、今ばかりは少し残虐な眼をしてるように見えた。
 「さぁ、早く口の中に入れてくれないか?」
 優しい声音だが、それは有無を言わせない何かを含んでいる。
 なんで私がこんなモノを口にしなくちゃいけないんだろう?恐る恐るそのグロテスクなモノを見詰めた。
 ……ダメだ。見ているだけでも吐き気がする。思わず口を塞いで吐き気を抑えた。
 あの苦々しいあの味を思い出して顔を背ける。
 「なんだ?嫌なのか?」
 当たり前。そんな事聞かなくても分かってるはずなのに。
 どうしてそうやって私を虐めるのだろ?この人は。凄く優しいなのに。こんな時だけは私を虐めるようなフリをする。
 「ダメだよ…やっぱ私には無理だよ」
 「そんな事言っても始まらないよ。ほら」
 また少し私に近付けられる。
 においをかぐのも嫌なのに、口に入れるなんて以ての外。思わず泣き出したくなった。
 泣いても許してはくれないだろう。
 私が目の前のモノを口にするまで、絶対に許してはくれない。
 分かっている。分かっているのだけど、私は口に入れる事が……。
 手が少し震えていた。恐怖とも憎悪とも違う感情が、私の中をぐるぐる回っている。
 ダメだと思っても涙が出そうになった。
 「ほら」
 促されるように、私はそれを口の側に持ち上げる。が、どうしても口は開いてくれない。顔を背けたくなる衝動。
 それでも口の中に入れなければならない。涙が零れそうになる。眼を堅く閉じてそのものが見えないように我慢する。
 そして、嫌がる自分をなんとか抑えてソレを口の中に。
 一気に広がるあの苦々しい味。
 「口に入れるだけじゃだめだぞ」
 だめ押しされた。
 しばらく口の中でどうしようか迷っていたが、吐き出す訳にもいかずにソレを飲み込む。
 「嫌いなピーマン、よく食べたな。それでこそお父さんの娘だ」
 不意に凄く優しい顔になって、私の頭を優しくなでてくれた。
 口の中にはまだあの苦々しい味が残っている……。

戻る