ラスト
ラスト

 駅前の大木でさえも、この時期だけは電飾を迷惑そうに着飾り、眠らぬ街に協力させられていた。
 人の表情もどことなくウキウキしているように思える。
 クリスマス。
 キリスト教徒でもないが、西洋かぶれの日本人が楽しむ行事だ。
 しかし、そんな街に取り残されたように俺は一人で立ち尽くしている。
 もう、絶対来ないあの人を待って………。

 「ふえぇぇぇぇん」
 俺の目の前で小さな女の子が転び、泣き出した。
 まったく……と思いながらも俺はその子に手を伸ばして、立ち上がらせる。
 「痛くない痛くない」
 「ひっく、ひっく」
 「泣いてると、サンタさんが来なくなっちゃうぞ」
 「ううっ」
 必死に涙を堪えた少女の頭をポンポンと軽く叩くと、女の子は純粋な瞳で俺を見つめてこう言った。
 「サンタさん来てくれるよね?私のほしいプレゼント持ってきてくれるよね?」
 「あぁ、サンタさんは何でも持ってきてくれるさ」
 目線を合わせる為に、少ししゃがんで俺はそう話を合わせた。
 はぁっと女の子の笑顔が浮かぶ。
 「どうも、すみません」
 ふと声をかけられる。どうやらこの子の母親らしい。
 別にたいした事してませんよと笑いながら答えると、母親は俺に再度礼を言って、女の子の手を引いて行
く。
 「ばいばい」
 女の子が無邪気に手を振っていたので、俺も小さく振り替えした。
 その子がいなくなるとまた独り。
 「サンタさんは何でも持ってきてくれる……か」
 自分の吐いた言葉に苦笑を浮かべながら俺は電飾された大木を見上げた。
 何も変わらない大木。
 そう、あの時からずっと。
 「独りぼっちのクリスマスか。寂しいモンだな」
 この孤独感は遊園地で一人きりになった時と似ている。
 俺の彼女、有紀はもういない。
 「サンタさんに頼めば、お前に合わせてくれるんかな?」
 1ヶ月ほど前に、この駅の階段から足を滑らせて死んでしまった。
 俺とこの場所で待ち合わせていた時に。
 外傷なんてほとんど見当たらず、眠っているだけにしか見えなかったが。
 それでも彼女の体温は冷たかったし、動きもしなかった。
 俺はまだ、彼女が死んだなんて思えない。
 「冗談だって」とか言いながら俺の横にいてもおかしくない感じがする。
 だから、俺はこうして約束の場所に立っているのかもしれない。
 有紀と似た髪の女性を見るたびにはっとさせられる。
 「何やってんだろうな。俺は。なぁ、有紀」
 アイツが生きていればきっと
 「そうやってぐずぐず考えてるのは良くないよぉ」
 なんて言うに違いない。能天気だったしな。
 「ほら、またうじうじして」
 「黙れ黙れ。これが俺の性格だか……」
 はっと回りを見渡した。
 有紀の声が聞こえたような気がしたから。
 でも、そんなのある訳がなかった。彼女はもういないんだ。
 幻聴が聞こえるなんて俺もおかしくなっちまったんだな。
 「だよな。有紀がいるわけないよな」
 「ところがどっこい」
 俺は目を丸くした。
 後ろから聞こえてきたのは確かに……。
 ゆっくりと振り向くと、その場所には……………有紀がいた。
 「ゆ、有紀か?」
 「チャオ」
 にこっと笑って有紀はいつも通りの挨拶をして手を小さく振った。
 目が釘付けになった。
 「はははは。何見てんだよ。幻覚か?有紀はもういないんだって。俺が最期を看取ったじゃねぇか」
 引きつった笑いを浮かべながら、自分に言い聞かせた。
 彼女がいる訳はない。彼女は死んだのだと。
 「そうよねぇ。ちゃんと泣いてくれたもんね」
 言葉使いも仕種も彼女そのものだった。
 なんと残酷な幻影だろうか。
 そんなに彼女の事を思い出させたいのか!
 彼女を掴んでいたいのか!
 「幻影なら消えてくれ。これ以上苦しめないでくれ」
 泣き出しそうになった。
 俺はそんなに彼女の幻影を追い求めていたのだろうか?
 残酷だ。残酷すぎる。
 「幻影って表現は良くないな。ユーレイってやつかな?」
 「は?」
 「だから、まだ成仏まで時間あるからさ。本当はそのまま向こう行く予定だったけど。会いに来ちゃった」
 ぺろっと舌を出してへへへと笑う有紀。
 彼女のよくしたいたずらっぽい仕種。
 怒られるのを覚悟して俺に何かをした時の彼女の弁解の態度。
 これは幻影じゃない?
 「本当に有紀か?」
 「そうよ。まぁ、ユーレイなんて非科学的なんだけどね」
 「は、はははは」
 「へへへへ」
 笑い合った。
 彼女は俺の目の前にまだいる。
 それだけで、俺は涙が出そうになる。嬉しさのあまり。
 しかし、それでも残酷な事に変わりはない。
 「出てこないでくれ」
 「え?」
 「俺の前から消えてくれって言ってるだ!俺をもう開放してくれ!」
 俺はそう言い放つとその場から逃げるように去った。
 びくっとした有紀の寂しそうな表情を背にしながら。

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
 どれだけ走っただろうか?
 肩で息をしながら、俺は自分の家の近くの公園に来ていた。
 彼女から逃げ出すように来てしまった。
 でも、それがいいんだ。
 「俺があそこで有紀を引き止めれば有紀は成仏出来るのか?俺に彼女を引き止める権利があるのか?彼
女を苦しめて俺は楽しいかっっ!!」
 おもいっきり近くの樹に殴り掛かった。
 鈍い鈍痛がする。
 が、俺はそんな痛みなんて関係なかった。
 有紀を引き止めてしまっていた。
 彼女を成仏させてやれない。
 最期の最期まで俺は、有紀に楽をさせてやれないんだ。
 「有紀、ワリィ。俺は……俺は……有紀」
 泣き崩れたかった。
 誰にも見られず泣き潰れたかった。
 俺の泣き顔を見て慰めてくれる大切な人はいない。
 「会いたい。会って抱きしめるだけでいい」
 涙は地面を薄く濡らした。
 彼女の懺悔と、自分の身勝手さに。
 悔しくて悔しくてどうしようもない。
 俺はいいが彼女はどうなんだ?
 早く成仏させてやるのがいいんじゃないのか?
 俺が引き止めて彼女を苦しめさせちゃいけない。
 「バカ…優しすぎるんだよ」
 涙で濡れた顔を上げると、有紀が心配そうに俺を見つめていた。
 いったい、どうやってココに来たんだろう?
 足は俺の方が数段に早いはずだ。
 が、そんな些細な事はどうでもよかった。
 抱きしめたい衝動。
 それをぐっと抑えた。
 「俺のせいで成仏できないんなら、俺の事なんてほっといてくれていいから」
 「バカ!そんなんじゃないわよ!私が会いたくて来たの。それに、嫌われてサヨナラじゃ、そっちの方が成仏
出来ないよ」
 「有紀……」
 「本当に、バカくらいに優しいなんだから」
 無理矢理笑おうと俺は精一杯泣き顔を笑い顔にしてみせる。
 思い続けていたのは俺だけではない。
 有紀もまた思い続けてくれていたのだ。
 「最期のクリスマス。一緒に居てくれるよね?」
 「もちろんだ!」
 断る理由なんてどこにもない。
 これが本当に最期だ。
 今度は笑って彼女を送り出してやりたい。
 今までの礼をすべて彼女に託して。
 「でもさぁ、そこまで思っててくれるとは思わなかった。私」
 「なんだよ?」
 「んー?ふふ」
 楽しげに笑う有紀を見ながら、俺はこの瞬間をどうにかして長引かせたかった。
 それが不可能だと分かっていても。
 それから、彼女とはこれまでの事を延々と話し続けた。
 初めてのデートの事だとか、どっちが告白しただとか、クリスマスのデートの話だとか、夏での海で俺がおぼれかけた事だとか、初めて結ばれた時の本音だとか。
 「ねぇ、初めてのエッチでさ、途中で止めちゃったのって私が痛がってたせい?」
 「覚えてねぇよ」
 「嘘だぁ」
 言える訳がないじゃないか。
 有紀の裸を目の前にして緊張しすぎて出来なかった、だなんて。
 「むぅっ。痛かったんだからねー」
 「その割にはあんあん喘いでたじゃねぇか」
 「あれは胸とか揉むから……」
 ぼっと有紀の顔が赤くなる。
 Hな話はしたがるくせに、こうやって恥ずかしがる所なんてゼンゼン変わらない。
 可愛らしくて愛しいくて。
 「有紀……」
 「ん…」
 俺のやりたい事が分かったのか、有紀はゆっくりと目を閉じる。
 そして、その数秒後には唇を重ね合った。
 触れるだけの軽いキス。
 でも、有紀の唇は冷たかった。
 死んでいる証拠のように。
 名残惜しいが、俺はゆっくりと唇を放す。
 「ん…。ねぇ、最期の最期にしようか?」
 「だめだって。そしたら、お前、成仏出来なくだろ?」
 「でもぉ」
 「俺だってこれ以上やっちまうと離せなくなるしな」
 本音がポロっと出た。
 「そうだよね。もう死んじゃってるもんね」
 「…………」
 何も言えなかった。
 その言葉に重みを痛感したから。
 慰めの言葉なんて必要としてない。
 ただ、一緒にいたいという気持ちだけ。
 俺はぎゅっと有紀を抱きしめた。
 「冷たいでしょ?私の身体」
 「冷たくたって暖かくたって有紀の身体は有紀の身体だ」
 有紀の存在を感じる。
 有紀の匂いを感じる。
 有紀の重要さを感じる。
 でも、これで最後だ。
 「彼女早く作るんだぞ」
 「あぁ」
 「でも、私より可愛い娘は駄目だからね!」
 「オイオイ」
 俺はそんな有紀に苦笑を浮かべる。
 ヤキモチ焼きな所は死んでも変わらないらしい。
 「私を追って来たら承知しないから!」
 「あぁ」
 「元気でいてよ?」
 「約束する」
 「うん」
 なんだか安心した返事だった。
 言いたい事は言い尽くしたような、そんな有紀の安堵の返事。
 「聖し この夜 星は 光り〜」
 聖しこの夜を唄い出す有紀。
 そのゆっくりとしたメロディが今の俺達はぴったりだ。
 派手なクリスマスソングではなく、こう心に何か訴えるようなとする曲が。
 「サンタさんに感謝だな」
 「ん」
 簡単な返事が返ってくる。
 そして、また有紀は唄い出す。
 俺はその曲を唄い終わるのをじっと待った。
 別れの時間が近付いているのだ。
 歌が終わると、彼女は俺の方を見てにこっと微笑む。
 「それじゃぁ」
 「あぁ」
 面会時間は終わりだ。
 笑って送ってやろう。今度は。
 泣き顔はもう、見せたくはない。
 彼女を不安にさせたくはない。
 「笑ってサヨナラだ」
 「ん。でも目が真っ赤だよ?」
 「お前だってうるうるしてるじゃないか」
 「あははは。じゃ、これで本当に最期」
 有紀はそういうと、軽くキスをしてくれた。
 感触が分かるか分からないかの所で、ふっと彼女の姿は消えた。
 「メリークリスマス。有紀」
 ぽつりと呟いた俺の言葉は、夜風とともに、夜の公園に掻き消されていった。
 空は雲一つ無い空には無数の星が輝いている。
 そんな中、流れ星が一筋流れていくのが見えた……。

 夜の街が明るくライトアップされる。
 駅前の大木でさえも、この時期だけは電飾を迷惑そうに着飾り、眠らぬ街に協力させられていた。
 人の表情もどことなくウキウキしているように思える。
 クリスマス。
 キリスト教徒でもないが、西洋かぶれの日本人が楽しむ行事だ。
 しかし、そんな街に取り残されたように俺は一人で立ち尽くしている。
 でも、俺はゆっくりと歩き出した。
 彼女との約束がある。
 過去ばかりこだわってはいられない。
 俺には明日があるのだから。
 夜空のオリオン座がやけに奇麗に見えた。

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