サクラ・サクラ

サクラ・サクラ

 桜が咲いている。
 もうそんな時期になってしまったのだと、後悔を重ねつつ俺はぼんやり空を見上げた。
 見上げた空に薄い桜の花びらが混じる。
 青い空と薄いピンクが混じり合うコントラスト。
 それを見て、綺麗と思えるのは幸せなのかもしれない。
 今の俺にそれを綺麗と思う余裕はない。
 逆に、この桜の花が無性に腹立だしく思えてしまう。
 ヤメだ!ヤメ。
 止めていた足を再び前に進める。
 目的なんて決めてない。
 ただ、どこかに行ってしまいたかった。
 見慣れた道を歩き、見慣れた公園へと足を運ぶ。
 暖かな日差しが芝生を照らし、子供連れの家族やお婆さんやお爺さんがまどろんでいた。
 とてもゆったりとした時間。
 近くにあったベンチに全体重を預ける。
 風の音と、小鳥の音が聞こえるだけの静かな場所。
 張り詰めていた空気が、公園のゆったりした雰囲気に呑み込まれる。
 ここで眠ってしまえば気持ちいい事だろう。
 石から作ったベンチの上に寝そべる。背中に涼しげな石の感触。
 そこから眠気が襲ってくるまでそんな時間はかからない。
 目を閉じても感じられる太陽の光が心地よかった。
 が、その光がふいに遮られる。
 「もぉ……やっと見付けた」
 声が聞こえた。
 一番聞きたくなかった声。
 「どこに居ようと俺の勝手だろ」
 目を開ければ、俺から光を遮るように立っている見知った顔。
 ゆっくりと体を起こして、彼女からすぐ視線を外す。
 「受験に失敗したくらいでそんな落ち込まなくても」
 「受かってる奴に言われたって慰めにもなんねぇ」
 「あ…ごめん」
 彼女は俺に向かってばつが悪そうに謝る。
 謝らなければいけないのは俺の方かもしれないが。
 一緒の大学へ行こうと勉強を二人でしながら、こんな結果しか出せない俺が謝るべきであろう。
 自分の努力不足。
 彼女が謝る姿を見ると、それが余計に胸に突き刺さる。
 「今回はダメだったけど、来年があるじゃない」
 「来年……ね」
 一年は長い。
 彼女がいないまま、俺が勉強など出来るかどうか疑問だ。
 「大丈夫だよ。あんな頑張れたんだから」
 「逆に言えば、あれだけ頑張ったのにダメだったんだな」
 「そんな風に捉えるから暗くなるの。転んだって1歩は進んでるんだから」
 出来ることなら転ばないでうまく歩いてみたかった。
 そんな思いが胸の奥に小さなキズを入れる。
 「ほら!落ち込んでないで。見て見て!桜が綺麗だよ」
 無理矢理話題を変えようとしているのか、彼女はそんな事を唐突に言い出した。
 確かにこの公園にも桜があるため、青空に薄いピンクの模様を浮かべている。
 今の俺にそれを素直に喜べる気持ちにもなれないが。
 「ねぇ?この時期の桜って全身がピンク色なんだよね?」
 「ん……そんな話もあったな」
 「うん。アナタが教えてくれたんだ」
 この時期の桜は全身を薄いピンク色に変化させるという。
 顔料を生成する場合には、花びらではなく幹からの抽出するらしい。
 全然見た目の色が違うのに、薄いピンク色の顔料が出来る。
 どこもかしこも桜色の桜の木。
 そんな話だ。
 どこかで聞いた雑学に過ぎないが。
 「桜の花言葉は知ってる?」
 「俺が花言葉が詳しいように見えるか?」
 素直な気持ちを口にする。
 すると彼女はくすくすと小さく笑って俺を見つめた。
 「桜の花言葉の1つにね、『精神美』って意味があるの」
 「ふぅん」
 「だからね、この桜の花っていっぱい美しい心とか思いのカタマリに思えてくる」
 ふわりと落ちてくる花びらの一つが彼女の手に静かに収まる。
 思い……か。
 俺の思いは届かなかった訳だ。この満開の桜と違って。
 「桜の花を見てると、私の思いもこの桜の花に乗って、届くんじゃないかなぁって毎回思う。桜の花を見るたびに思うの」
 「そんな訳ない」
 「もぉ……夢がないなぁ。あ、でも実際1つ届いた思いもあるんだよ?」
 「ほう。大学合格か?」
 「違うよ。アナタと一緒に居られること」
 皮肉を思いっきりノロケで返された。
 彼女の頬が多少赤くなっている。
 俺に答えを求めようとチラチラ俺に視線を送って……。
 思わず赤面。
 「な、なんだよ」
 「もう1年頑張ろうよ。一緒の大学、行こうよ」
 甘えるようなそんな声。
 確かに行けるモノなら行きたい。
 「一人の大学生活じゃ面白くないよ。一緒に通いたい」
 「でも、1年遅れで入っても、俺は後輩だぜ?」
 「一緒に通えないよりもいいでしょ?それに、1年くらいの差なんて関係ない。70歳と71歳のお爺さんとお婆さんじゃあまり変わらないよ?」
 「例えが突飛するぎるちゅーに」
 「えへへへ」
 舌を出して笑う彼女を見ているとこちらもつられて笑う。
 「あー、やっと笑った」
 にっこり微笑む彼女に俺は胸にチクリとした痛みを覚えた。
 本気で励ましてくれているのが分かったから。
 本当に思ってくれているのが分かったから。
 「ありがとな」
 「あ……」
 不意打ちとばかり、彼女の頬に軽いキス。
 心地よい柔らかな彼女の頬の感触が唇に伝わる。
 ちょっと嬉しそうな彼女の顔。
 「……まぁ、それだけ思ってくれるんだからな。もう1年くらいは頑張ってみるさ」
 「うん!私もお手伝いするから」
 にこりと微笑む彼女に俺は自然に微笑み返す。
 桜の花びらが俺にその思いを伝えてくれるようにゆっくりと俺の手に落ちた。
 今度こそ、この思いは届く事を祈りたい。
 桜の花に思いを込めて。
 彼女と一緒に大学生活を送れますように……と。

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