See You Again
『約束』
するのは簡単だが、守るのは難しいモノ。
どんなに時間が過ぎようと、大切な思いはずっと続くものだ。
どんな状況でも。どんな場所でも……………。
病院。
それを好きになれる者は少ない。
この少年もまた、好きになる事は出来なかった。
白いだけの壁、そして薬品の臭い、退屈な日々。
彼にとっては何もかもがつまらなく思えた。
「くそっ。病院は嫌いなんだよ」
ぶっきらぼうにこの少年は言い放った。
見舞いに来たのであろう者はそれを聞いて苦笑する。
「だったら、骨折なんかするなよ。タカ」
「したくてした訳じゃねぇよ」
少年は不機嫌そうに答えた。
このタカと呼ばれた少年、浅香貴彦という。
入院の原因は足の骨折。バイクで転んだのが原因なのだが、あれだけの事故を起こし、左足の骨折で済んだのは奇跡に近かった。
見舞いに来た者は苦笑いを浮かべてポンと紙袋を投げた。
「ほれ!頼まれたモン」
「マジ?サンキュ。持つべきものは親友だな」
投げられた紙袋を空中で受け止めると、貴彦は早速紙袋を開けた。
中には雑誌と思われる本が入っている。
貴彦はそれをわくわくする心持ちで紙袋から取り出す。
『Motoマガジン』
表紙にはそう赤い字で書かれ、バイクの写真が堂々と表紙を飾っていた。
「ったくよぉ、事故ったんだからタカのバイク馬鹿も直ると思ったんだけどな」
「馬鹿言うな。俺からこれ取ったら何が残るんだよ」
「……だな」
お互いの顔を見て笑う。
そして、貴彦は雑誌を読み出した。
病院生活での楽しみは、この親友が買ってきてくれる雑誌と、病院内の徘徊だけだった。
今回の特集は『モーター』だった。
どこをどうチューンすればいいかなどが詳しく書いてある。
「見てみろよ。これ。見た目、コンパクトに思えてこの馬力。イイネェ」
「俺にはさっぱり分からん」
雑誌を覗き込んでいるものの、さっぱり意味が分からなかった。
「分からんとは悲しいぞ。俺は」
「タカと違って俺はバイク乗りじゃねぇから。それより、紙袋ん中まだあるだろ?」
貴彦はこの『Motoマガジン』しか目に入らなかったようで、ベッドの上に置き去りにされた紙袋を再度手に取る。
まだ雑誌が1冊くらいの厚みがあった。本当にもう1冊入っているのだろう。
「でも、俺が頼んだの、このバイク雑誌だけだぜ?」
「分かってるって。もう1冊は俺からの送リモノだ」
にやにやと笑う親友を尻目に、貴彦はその残った本をそっと出す。
そして、しまう。
にやっとした笑い。親友も笑っている。
「さすがは俺の親友、いや、兄弟」
「へへへ。病院なんかに居ちゃぁ気が滅入ると思ってね」
「お前の他にエロ本を持ってきてくれる奴、いねぇよ」
ぽんぽんと軽く親友の肩を叩く。
親友もにやりとした笑いを浮かべて満足げにしている。
が、腕時計で時間を確認すると、おもむろに立ち上がった。
「んじゃ、俺帰るわ」
にやついた笑いは2人とも変わらない。
「おう。気を付けてな」
親友がいなくなると、病室はまた静かになる。
この静寂というのが貴彦は好きになれなかった。
白いだけの壁、何もない部屋、静かすぎる空間。
バイク雑誌を開いたまま顔の上にのせる。
(つまんねぇな。病院なんて。ったく、こんなん性に合わねぇってのに)
目の前はバイク雑誌に迫られ、真っ黒である。
これだけ近くにあると、雑誌など読めたものではない。
あれだけ楽しみにしていたバイク雑誌もなんだか興ざめだ。
………………。
はっと気付く。
どうやら寝てしまっていたようである。
無論、ベッドの上なので別に構わないのだが。
(何時だよ?オイ)
すっかり暗くなった辺りを見渡しながら貴彦は時計を見る。
午前1時。
夜中だった。
(ったく。寝過ぎだって)
頭を掻きながら自分の行動に苦笑する。
消灯は9時。
この暗闇の中で雑誌を読む訳にはいかない。というよりも、読めないと言った方が正しいか。
再び目を閉じ、眠ろうとするがすっかり目は覚めてしまったようだ。
(眠れないな……ちょっと辺りを徘徊するか)
よっと身体を起こし、近くにある松葉杖を手に取る。
こんな時間、うろうろしていて見回りの看護婦に見付かれば説教の嵐だ。
しかし、貴彦はいつもうまく立ち回り、見回りの人には会ったことがない。
夜の徘徊はお手の物だった。
ガチャ……。
ドアを開ける。夜の病院は静かだった。
昼間よりもずっとずっと。
無機質な感じを浮きぼらせ、非常用出口のランプだけが明かりだ。
(さぁて、今日はどこをうろついてみるかな)
ペタペタペタペタ。
貴彦の足の音だけが響く。当たりに人の気配はない。
ぺタぺタペタペタ……。
歩く速度はそんなに速くはない。
片足の骨を折っているのだ。当たり前。
ふと足を止める。人の気配がしたのだ。
(見回りの看護婦か?やっかいだな)
人に察知されないように、角に隠れる。
けれども、それから人の気配はない。足音も聞こえなかった。
勘違いだったのだろう。苦笑を浮かべる。
ふと窓の外を見た。
月の奇麗な夜。何か幻想的な世界。
そして、窓の向こうに見えるのは月の明かりに照らされている病室。
一つの病室からこちらを見ている少女……。
(こっちを見ている?)
訝しげに窓の向こうに視線を送る。
確かにこちらを見ているようだ。薄暗いこの廊下でははっきりと分からないが。
けれども自然に足が動いていた。
彼女に会いたいという衝動と共に。
「いらっしゃい」
ドアに鍵はかかっていなかった。
そして、ドアを開けた途端にその言葉。
ここに来るのが分かっていたようなそんな口調。
ドキリとした。
「なんか、ココに来るのが分かってたみたいな口調だな」
「そうですか?」
無邪気そうににっこりと笑う少女。
高校生くらいだろうか?いや、しかしやけに大人びた感じも受け取れた。
美人なのには変わりないが。不思議な少女だった。
「こんな夜、アンタなにしてんだ?」
「月を見てました」
ふっと窓の外に視線を移す。
確かに、この病室から月ははっきりとそして奇麗に見える。
月明かりに照らされている彼女の姿は幻想的なものだった。
近寄りがたいナニカ。
「月ね……。ま、確かに奇麗だな」
「あなたは何をしてらっしゃったんですか?」
「散歩」
簡略に答える。
すると、彼女はくすくすと小さく笑った。
「こんな夜中に?看護婦さんに見付かれば大変ですよ」
「そのスリルがいいんだ」
「変なお人ですね」
くすくすと笑う。嫌な笑いではなかった。
つられて、こっちも顔がほころぶ…そんな笑いだ。
まぁ、確かにこんな夜中に徘徊するってのは変なのかもしれないが。
「こんな退屈な所、息が詰まりそうになるんでね」
「そうでしょうか?」
屈託のない笑顔を貴彦に向け、首をかしげる。
「私は嫌いではありませんよ?簡略な部屋。静かな毎日……」
「それが退屈なんだよ。俺は」
苦笑をして答える。
思いは人それぞれ。
どんな事を思うかなどその人しだい。
だが、彼女にはぴったりのように思えた。
簡略な部屋、白だけの色、そして静寂。
「でもアンタが言うと、不思議と納得出来るのが恐いな」
「…………」
「どうした?」
「アンタじゃありません。杉山静音といいます」
にこりと自己紹介をする。
そう言えば、まだ、お互いの名前すら知らなかった。
それが当たり前のように。でも、古くからの知り合いのような会話をしている気分。
「ワリィな。俺は浅香貴彦。みんなタカって呼ぶけどな」
「浅香貴彦…さん。よろしくお願いします」
「あぁ」
何をよろしくお願いされるのか分からない。
貴彦はあいまいに返事をしておいた。
だが、それに付いて突っ込むことは出来ない。
そんな雰囲気が彼女を捕らえていた。
「貴彦さん、永遠はあると思いますか?」
突然の問い掛け。
それでも答えなければならないという使命感が働いた。
「永遠?う〜ん、あればいいんだろうけど、俺はないと思うな」
少し考えてそう答える。
「だって、永遠なんかあるより、期限があるから面白いんじゃないか?何にしても。有限だから愛しいと思うし、大切にしたいとも思う……んじゃない?」
最後の方は照れ隠しに笑ってみる。
我ながららしくない事を言うなぁと貴彦は心の奥で思った。
「そうですね……。でも永遠はあるんですよ」
「は?」
「私は、これから永遠に向かう所なんです」
微かに分かる「死」という言葉。
「そうか……」
深くは追いかけられない。
誰もが信じている。
今日布団に入り、眠りにつけば、明日がきっと来ると。
どんな辛い思いをしても、どんな楽しい事をしても。
「永遠ってのは楽しいか?」
「ええ」
「退屈しない所か?」
「少し」
「…………」
「…………」
言葉に詰まる。
しかし、次に出た言葉は
「恐くないのか?」
「…………」
彼女は答えなかった。
悲しそうに笑うだけ。
それが何かの定めだというように。
「そっか……なら、がむしゃらに抵抗すればいいさ」
「え?」
「永遠が良いのか悪いのか、俺頭悪いから分からないけどさ、行きたくねぇなら反発すりゃいいんじゃねーの?がむしゃらに突っ込んで、やりたい事すりゃぁいい」
それは貴彦のいつもの行動に似ている。
なんでも後先考えずに突っ込んで行く彼に。
「でも……私、負けちゃうから」
「人間ってのは負けたから終わりじゃねー。死んだら終わるんだ」
ピクっと反応する彼女。
何にそう反応したのかまでは分かりかねるが。
「おっと、俺が説教言うモンじゃねーな。まぁ、頑張ってからでも遅くねーぞ」
彼女は不思議そうにきょとんとしていたが、不意ににっこりと笑った。
何かを理解したかのように。
貴彦は照れ隠しにか、窓の外を見ながら、頬を掻いた。
我ながら柄でも無い事をしたと思う。
「いい人ですね……」
静音がぽつりとつぶやく。
その声は誰にも聞こえなかった。静音以外には。
そして、首にかけていたネックレスを外す。
「これ……貰ってくれますか?」
「あ?」
「御守りだそうです」
「そんな。別にいいって」
「いえ、私の話を真剣に聞いてくれたの、貴彦さんが初めてだから」
そういう彼女の頬が少し赤いような感じがした。
気のせいだと思うが。
そうしているうちに彼女が有無を言わさずに、貴彦の手にネックレスを握らせた。
「オイオイ」
「貰って下さい。その方がネックレスも喜びます」
ネックレスを見る。
金属の鎖に一つ涙の形の石が付いている。
こういう物の値段はさっぱり分からないが、高そうに見えた。
「高いんじゃないか?コレ」
「そんな事ありません。ほら、石も貴彦さんに貰われて喜んでますよ」
にっこり笑う彼女に、返すに返せなかった。
確かに、ネックレスの石は、月の光に鈍く輝いている。
見ていると、吸い込まれるくらいに。
「分かったよ。ありがたく頂く」
「そうして下さい」
貰ったネックレスを自分の首にする。
そして、石の部分を彼女に見せて、にかっと笑った。
「ふふふ。似合いますよ」
「俺も何かお礼しないとな」
ごそごそと自分の着ている物のポケットを探る。
固い金属感触。
すっと取り出すと、それはバイクのイラストが入っているZIPPOライター。
貴彦らしい持ち物だった。
「ほら」
それを投げて彼女に渡す。
「これは?」
「ライター。今、それしかなくてさ。ネックレスの変わりに取っといてくれ」
金属部分を見ると小さく「T・ASAKA」と彫られていた。
「知り合いに、そういうの趣味で創る奴がいてさ。高価なもんじゃねぇよ。あ、使わねぇか?」
「いいえ。ありがたくもらいます」
そのライターを大切そうに彼女は仕舞い込む。
なんだか嬉しそうな表情。
不思議な感じだった。
「さぁて、そろそろ戻るわ」
「残念です」
「何度でも会えるさ。この足が直るまでな」
骨折した足を指差した。
包帯を巻いた足を見て、彼女はくすりと微笑んだ。
「じゃ、また」
「また会えますよ。きっと。約束です」
次の日。
彼女の姿は、その病室にはなかった。
近くの看護婦に聞いて見ると、そこは以前から空室だったらしい。
夢だったのだろうか?
夢にしては現実味を帯びすぎだ。それに貴彦の首から下がっているモノ。
夜出向いても、彼女の静音の姿はなかった。
「なにが『また会えますよ。きっと』だ。ウソ付きめ……」
誰もいない病室でぽつりとつぶやいた。
しかし、その悲しげなつぶやきも無機質な病室に消えて行く。
首から下げているネックレスだけが鈍く光っていた。
病院が嫌いだった。
無機質な病室、静かすぎる部屋、白だけの建物、薬品の臭い。
退屈な日々。
人の命の再会、別れであるこの場所が。
明日はきっと来ると信じていた。
どんな嫌な事があっても、どんなに楽しい事があっても明日は来ると思っていた。
夢は終わるものだとも……。
すっかり足も良くなった。
それからバイクに乗り回す普段の日々。
「変わらないな。お前」
呆れ顔の親友。
そして、時は流れる。
一年後。
貴彦は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
明日が締め切りのレポート用紙に向かいながら。
カランカラン
客の入ってくる音。
しかし、そんなことは貴彦には関係なかった。
「ちょっといいですか?」
声をかけられ、ふと上を向く。
そこには、あのバイクのイラスト入りのZIPPOライター。そして「T・ASAKA」の文字。そして、そのライターを持つ彼女。
「永遠は楽しかったか?」
「退屈でした。やはり永遠なんかより、期限があるから面白いですね」
にっこりと笑う静音。
それにつられて笑ってしまう貴彦。
貴彦の首にはあの奇麗な石のペンダントがぶら下がっている。
「また会えましたね」
「あぁ、約束どおり……な」
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