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新月の集会
何となく眠れない夜だった。
昼に寝ていたとか、そんなこともなく、ただ、眠れない。
部屋のベッドの上で少しぼんやりと空をながめた。
今夜は月がきれいなんだろうか?
なんでもない。なんでもない夜の出来事。
このままベッドに横になっても眠れそうにない。
外にふらりと出かけた方が眠れるかな?
眠れない体を起こし、パジャマの上から寒くならない程度の上着を着込む。
もう誰も起きてないだろう。
起こさないように、静かに家を後にする。
玄関の外も、部屋と同じくらい静か。
ぼんやりとした街灯が道を照らし出している。
こういう時、あまり都会すぎるよりも、多少田舎の方が雰囲気があると思う。
実生活していると、あまり田舎すぎるのも考えものだけど。
夜空を見上げる。月は見えない。
家と家の影で、月は見えなくなってしまっているのだろう。
月が見たいな・・・
なんでもない衝動。意味もない行為。
少し歩こうか。
数分歩けば、小さな公園。
そこから月も見えるよね?
少しの運動をしていれば、眠くもなる。
そんな突発的な考えだったけど、それだけで今は十分。
歩きだす。目的は決まった。
「もしもし?」
が、歩いてすぐに、声をかけられた。
こんな時間に誰だろう……。少し恐くなる。
変態さんじゃありませんように。
おそるおそる振り返った。
そこには、人の良さそうな猫背のおじいちゃん。
タキシードに蝶ネクタイ。白い前髪が長く垂れて、眉は見えない。
紳士というか、執事?
なんとなく、この普通の住宅街には不似合い。
「あのーなんですか?」
「いや、道に迷ってしまいましてね。この辺は詳しいですか?」
「あー詳しいってほどじゃないんですけど」
「いえいえ。それで十分ですよ。この近くに公園はありませんか?そんな大きくない、どこにでもあるような公園なんですが」
夜の公園なんかになんの用なんだろう?
まぁ、人のことを言えたモンじゃないんだけど。
「あー、私もそこに行くところなんですよ」
「あなたもですか?」
「ええ。月が見たいなーって思いまして」
「今日は新月に近いから、そんな見えるかどうか・・・」
新月?
思えば、あたりが暗いような・・・。
夜空を見上げる。
月が見えないのは場所じゃなくて新月だから?
あーもー。
目的がつぶれてしまったが、このおじいさんをつれていくという、新しい目的もできたし……いいかな?散歩してれば、眠くもなるでしょ。
「それよりも、おじいさんはどうして、公園に?」
「年甲斐もなく、集まりに出ようと思いましてね。ここのところ、あまり顔を出していなかったのですが」
「こんな時間にですかぁ」
「ええ。こんな時間だからですよ」
おじいさんは、とても嬉しそうに微笑みながら話してくれた。
目を細めて、柔らかな感じがする。
悪い人じゃないよ・・・ね?
今更ながら、確認。
反応が鈍くなってる。
眠くないんだけど、頭は眠くなってるのかな?
むー。
「どうかしましたか?」
「え?あ、なんでもないですよー」
おじいさんの柔らかな笑みを前にして、思考を切り替える。
「あ、そこ左」
公園まであと少し。
街灯の下、照らし出されるおじいさんの体は思ったよりしなやか。
なにかあったら、見た目以上に素早く反応しそう。
「私の身体、どこか変ですか?」
じろじろ見ていたのがばれてしまった。
おじいさんはちょっと顔を傾げて尋ねてくる。
その時、おじいさんの目が左右で色が違う事が分かった。澄んだ青と茶色の瞳。
それがおじいさんの魅力でもあり、不思議な部分でもあり、私はまたしてもじろじろとおじいさんの顔を眺める所だった。
「あ、すみません。なんだかお歳の割にしなやかな身体をしているなって思って」
「ありがとうございます。若い頃はもっと筋肉があったんですけどね」
「いえいえ。十分凄いと思いますよ」
「そうですか?」
「ええ。絶対」
思わず力説している間に、公園についた。
力説していて気付かなかったけれど、公園にはたくさんの人がいた。
わいわいと騒がしいくらいに。
「ここでしたか。いやいや、ありがとうございます」
そういうと、おじいさんはぺこりと丁寧にお辞儀をすると集まりの中に身を紛らせた。
「おっ。じいさん。珍しいね。じいさんが来るなんて」
「そうそう。ここの所、ご主人が外に出してくれないんじゃなかったの?」
「いやぁ、この集まりに出たくて、屋敷を抜け出してきたんですよ」
「おおっ。そこまでして来てくれましたか」
「こんな形で出来る集会なんてそうそうないですからね」
なんだか楽しげな会話が聞こえてくる。
今が夜中というのが忘れてしまうくらい、そこはにぎわっている。
周りの樹木がその話し声を遮断しているのか、近くの家の住人から苦情がこない。
こんな不思議な光景もあるんだ。
そんな事をぼんやり思いながらその光景を見詰めた。
「おや?あんな所に人がいるよ?」
「あら、本当」
さすがに公園の前でぼんやりしていれば、集まっている人に見つからないという方がおかしい。こちらを見ては、数人が少し微笑みながら談笑している。
どうしようか?名乗った方がいいのかな?でもなぁ……。
そんな悩んでいると、あのおじいさんが助け船を出してくれた。
「あの方は、私をココまで案内してくれた優しい方ですよ」
「え?そうなんですか?それなら、あんな所にぼんやりしてないで、こちらでお礼をしないとダメじゃないですか」
そう言った一人が、私に近付いてぺこりとお辞儀をする。
可愛らしい人。どちらかと言えば、女の子という容姿。
思わず抱きしめて、頭を撫でてあげたくなるような容姿。
「このたびは、大変お世話になりました」
「そ、そんな……道案内をしただけですから」
可愛らしいのに礼儀正しい態度に、思わずうろたえてしまう。
自慢にもならないけど、礼儀作法とかはあまり得意な方ではない。
慌てて、礼をするが、どうも滑稽に思えて恥ずかしくなった。
彼女のマネはできそうにない。
「いえいえ。こんな夜更けにご苦労様です。それよりどうしてこんな夜更けに?」
「あ、いや、眠れなくて散歩でもしようと思って」
「そうですか。それは大変ですね」
やんわりとした口調の彼女の声を聞いているとなんだか眠気が……
その後、二人で談笑したハズなのだが、あまり記憶に残っていない。
はっと気付いた時には、自分のベッドの上。
いつの間に帰ってきたのか、そしていつベッドに潜り込んだのかも覚えていない。
むーと半分寝ぼけている頭で考えても無理。
わっかんなーい。夢だったのかなぁ?
あーだめだめ。
思い出せないモノを無理矢理思い出すもんじゃないわ。
朝は忙しい。あまりぼんやりしている暇はない。
さっさと仕度して出かけなきゃ!
出かける前、ちょっとあの公園に立ち寄る。
あんな集会があった後には見えない。
「にゃーにゃー」
公園にいた1匹のネコが私の足に身体をすり寄せてくる。
人なつっこい。飼い猫だろうね。ちゃんと手入れされてるもん。
と、そのネコの首を見ると、そこにはあのおじいさんがしていたような赤い蝶ネクタイではないけど、リボンが巻いてあった。
そして目の色が……。
「まさかね」
その答えは誰も返してくれない。
ただ、足下にネコが「にゃーにゃー」と身体をすり寄せているだけだった。
なんでもない、そんな眠れなかった夜のお話。
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