| 俺の天敵
これは俺がまだ若くて美少年だった頃の話さ。俺の肌はキラリと光り、女性からはキャーキャーと騒がれたものさ。しかし、そんなことはもう昔の事だ。そう、奴に遭うまでの夢の出来事でしかなかったのさ。
俺が奴に出合ったのは、暑い夏の夜だった。その年の夏は、蒸し暑くて寝苦しい熱帯夜が続くような暑い暑い夏だった。
俺はいつも通り、ある部屋に入り食料を探そうと、その部屋の中を徘徊してた。壁の隅を歩くようにしながら、俺は足早にその部屋を駆け巡っていた。
暑い夜だったが、もう時間も遅い。起きている人はいないようで、あたりは真っ暗である。
ま、その方が俺も食料を探しやすいんだけどよ。
自嘲的な笑いを浮かべながら、俺は俳諧を続ける。しかし、ご馳走と呼べる代物はない。それどころか食料さえも見付からないのだ。
食べ物が腐り易い季節だからな。仕方ないと言えば仕方ないな。
しかし、2日も食べ物をろくに口にしていないというのは辛い。
そんな時、俺は奴に出合ったんだ……。
奴は四角い箱みたいな形をしていた。一見家のような構造をしており、ご丁寧に窓の語りをした穴まで開いている。
そして、なんとその家の中の中央には、なんと美味そうな食料が置いてあるじゃねぇか。
動く者……人や猫、犬なんかに敏感だった俺も、動かない奴には警戒心も薄らいでいたのだろう。
しかも、2日もろくに食料を口にしていないという条件も重なって、俺はふらふらとその箱の中に入っていこうとした。
しかし、入る直前になって嫌な予感がした。とてつもなく嫌な予感だ。
入るのを躊躇う。
目の前に食料があるのに、嫌な予感がして取りに行けない。そんなジレンマに悩まされ、俺は考え込んでしまった。
その時の俺が、空腹でなかったら、俺の人生は変わっていたかもしれない。でも、俺は嫌な予感よりも、食欲を取ってその中に入り込んだ。
しかし、入ってみてどうだろうか?入ってからは床がべとべとした感じになっており、思うように前に進めない。進むどころか、その場に固定されてしまったようだ。
目の前に食料があるのに、取れない悔しさが俺を支配する。
ふと周りを見ると、俺と同じような感じの仲間が数匹いる。中には力尽きてしまった仲間もいた。
俺もあんなふうになるのだろうか?と思うと、そくりとした。
「パトリオット。パトリオットじゃないか。お前もこの中に入っちまったのか」
聞き覚えのある声に俺ははっと振り向いた。
「スカット?お、お前……」
俺の目に入って来た光景は、やせ細ったスカットの姿だった。
「こうなってもう3日だ。もう駄目かもな」
「弱気な事言うな。俺と一緒にここから出ようじゃないか!」
「駄目だ、もう歩く力も無い」
スカットは顔色が悪く、身体もやせ細り、別人のようだった。口調からも元気のかけらも見ない。
「ぐっ!!」
「スカット!?」
「もう駄目だな……。親父にすまなかったって伝えて…く……」
それが、スカットの最期の言葉だった。その後、スカットは眠るように目を閉じて、そのまま動かなくなってしまった。
「スカット?スカット!おい。冗談だよな?なぁ?なぁ。返事しろよ」
語り掛けても返事は返ってこない。
そんなスカットを見ていると、いずれ俺もこんな風になるんだろうか?という不安と恐怖が、俺を襲ってくる。
俺ももう駄目かな?と思い掛けた時である。あのスカットの最期の言葉を思い出した。
「もう駄目だな……。親父にすまなかったって伝えて…く……」
そうだ。俺がここで死んだら誰がスカットの死知らせるんだ。俺がここから脱出しなくては。
俺は渾身の力を込めて、ゆっくりとだがべとつく床を歩き出した。
その時、俺は足を一本奴に取られちまった。だが、スカットのことを思えば可愛いもんだ。
俺が生きて返って来た後、風の噂にその四角い箱は『ゴキブリホイホイ』という名前だと知った。
『ゴキブリホイホイ』……か。面白い。俺が奴を攻略してみせる!そして死んでいった仲間の為にも俺が仇取るためにも。
その時から俺とその『ゴキブリホイホイ』とは俺の天敵となった。
スカット、お前は最高にいいゴキブリだったよ。俺はお前の死を忘れないゼ。
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