| YES!
「私、君の事好きだったんだ。知らなかったよね?」
突然そんなことを言われても、どう答えていいのか分からなかった。
なんと答えていいか分からない。が、”好きだった”。過去形。”好きです”ならまだしも”好きだった”。思いっきり過去の話みたいに彼女は言った。
つまり今はどうでもないとでも言いたいんだろうか?
「君ってほら、ニブイっていうか、鈍感なところあるし、こういう好きとか嫌いとかまったく駄目でしょ。だから、絶対バレてないと思ったんだけど」
彼女は独り言のように一人で言葉を紡いでいる。まるで俺が聞いていようがいまいが関係ないかのように。
俺に対して言っているのかどうかさえ危うく思えた。
「誰に向かって言ってるんですか?」
そう問いただしてやりたい気分。が、彼女はそれを拒むかのように言葉を紡ぐ。
「君との関係壊したくないっていうか、君とのこの雰囲気が私に合ってたって言った方がいいかな? 自然。そう、君といるのが自然なように思ってたんだよね。こんな言い方は卑怯かもしれないけど、やっぱ言わないよりマシだと私は思ったワケ」
彼女は俺の方を向いていない。俺の数歩先を歩きながら、後ろの俺に講義をするかのように前を向いて、教員のようにしゃべり続ける。
好きだったっていう過去形も怪しくなってくるくらいに、明朗な口調で。
気分はどこかの名も知らない教師の、興味がありそうなのに、つかみ所のない授業を聞いているかのようだ。質問もなければ、教員から問いに答えるよう質問される事もない。ただただ聞くだけの授業。もちろん教科書もないし、ノートも取らない。試験もあるかどうか不明。
「あまりそういう事に捕らわれすぎるのもアレだなって思って言わなかっただけ。私の我が儘って言えばそれまでかな。でも君の事、好きだったのは本当だぞっ」
彼女の言っている好きは男女の好きなんだろうか? それとも友達として? 後輩として?
分からない。その答えを知っている目の前の彼女にはなんだか聞き難い気がする。確認するだけの勇気がないだけかもしれないけど。ただ、黙って彼女の言葉を耳にしていた。
「まぁ、そういうワケだから。答えなんか出るハズもないかなぁ」
それは俺に対して? それとも彼女が自分に対して? 誰に彼女は言ってるんだろう。
聞きたい事は山のようにあった。でもそれを答えてもらえるかどうか不安。確かに彼女の言う通りで、今の関係は壊したくない。
どうしようか迷っているうちに、彼女は突然、振り向いた。
「そういうコト。だから今日はこの辺で! じゃ」
「さっぱり分からない」
「はは、君は鈍いから、それでいいんだよ」
答えになってない。
それでも彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべる。彼女はなにもかも理解して納得したかのように。
笑いながら彼女は、自分の家へと駆け出してしまう。まるで、俺の答えなんか期待していないかのようだった。
「なんなんだ?」
一人になった時点で独り言をつぶやく。彼女の言いたい事はいったいなんだったんだろう? 俺が好きだったという過去の話? それとも今の関係が壊れなかったという安堵?
確かに俺は鈍かった。この時、どういう展開になるかなんて想像も出来なかったんだから。もう少し鋭かったら、彼女を追いかけていたんだろうけど。ただ、その時の俺は首をひねりながら、自分の家へと歩いていくしか手段を見付けられなかった。
数日後、彼女が引っ越した事を人伝いで知った。
「え? だってあんな仲良かったのに。知らなかったの? 不思議」
「付き合ってるって噂もあったのにねぇ。黙って行くような人には見えないよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。一番親しい奴が。え? マジで知らなかったのかよ。うわー。それはご愁傷様」
何がご愁傷様だって言うんだよ。
まったくやるせない。あの言葉は別れの言葉だったのだろう。だから”好きだった”なんて過去形だった訳だ。
『はは、君は鈍いから、それでいいんだよ』
なぜか、彼女の言葉が頭を過ぎる。彼女は分かっていたのだろう。告白なんてしても、俺が数日で答えが出せないって事を。だって、こんなにも鈍感で、恋愛なんか全然疎いんだから。そして今でも戸惑っている。
それとも本当にアレは過去の出来事だったのかもしれない。好きだったけど、あの関係を壊さないで良かった。友達というよりも親友で居られて良かったという彼女なりの別れの言葉だったのかもしれない。
確かめようと、彼女の携帯に電話をしてみるが、携帯を変えたのだろう。コールセンターのテープが再生されるだけだった。
彼女の担任に引っ越し先を聞けば、住所も電話番号も分かったかもしれない。でもその勇気はなかった。彼女の最後の笑みはちゃんと納得した笑みだったように思えた。今からじゃ遅いんだろう。
と自分に良いように言い訳をして逃げた。確認して、笑われたらと思うと、連絡なんかしたくなかった。携帯に繋がらない事に少しほっとしたのも確かにある。
卑怯なのは俺なのかも知れない。
家に帰ると、俺宛に手紙がポストに投げ込まれていた。数枚のダイレクトメールに混じって、1枚犬のマスコットが描かれた封筒を見付けた。消印は彼女が引っ越した日。そして、この小綺麗で丸いクセのある文字。見た瞬間に分かる。彼女からだ。
手紙を持って、あわてて自分の部屋に駆け込む。制服を着替える間もなく、封筒を破いて、手紙を引っ張り出した。
これがパンドラの箱ではないように祈りながら。
『お世話になったしお世話した身勝手な先輩より。
この手紙を受け取ってる時は、私はきっと君から離れて全然違う場所にいるはずだと思う。こんな形でお別れをするのは本当にごめんね。私、君に別れを言う勇気がなくてこんな手段を取ったんだけど、卑怯だよね。まぁ、私に免じて許してちょうだい。
君と最後に話したというか、私が勝手に喋った事はどう捕らえてるかな? 好きだったなんて言わずに好きだよって言いたかったんだけど、引っ越しちゃうから、君の重荷になるかなーって判断からあんな風に言ったんだけど。まぁ、私との関係が今までのままで良かったらこれから先は読まなくてもいいかなって思う。でも、きっと君は私の事でヤキモキしてるに違いないから、こうやって卑怯にも、自分の意見だけを伝える手紙の形で、君に伝える事にしたよ。
私は君の事、ずっと好きだよ。きっとこれからも。こっちで好きな人が出来ても、私の後ろをいつも付いてきた君の事は忘れられないと思う。お姉さんの気分になれて嬉しかったし、君を見てると護ってあげたいなぁって母性本能がウズウズするんだよね。でも、いざって時には頼りになる。卑怯にもね! こんな事なら、もっと君を頼ってベタベタしたかったかも。
しばらくは君との思い出を胸に新しい街を生活していこうと思ってる。振り返ると、まだ君が笑って私の後ろを付いてきてる気がするんだけどね。
私は君が本当に好きだよ。だから、友達として好きだったとか、弟としてとか、そういう事は考えないように。君は私をしっかり女として見るように!
以上、身勝手な先輩の身勝手な告白でした。それじゃ、また。
PS:携帯変えたよ。番号はこっちから伝えるから、番号変えないように。それと、私が連絡するまでに、告白の答えを見付けておいてね。君の事だから、絶対に「YES!」だと思ってるけど。あはは。最後まで卑怯だね。私ってば』
本当に卑怯な手紙だ。読み終えた時点でなぜか笑いがこみ上げてくる。悔しいが彼女の推理は正しい。俺の性格をよく分かっている。こうやって複線を張って意識させて、告白してくるなんて。しかも、答えを出すのは彼女からの連絡が合った時だ。断るとしたら、相当の勇気がいる。
無性に自分が可笑しくて、ベッドに体を投げ出して笑った。きっと彼女も引っ越し先でこうやって笑い転げているに違いない。
電話がかかってきたら真っ先に言ってやろう。
「YES!」
それしか答えはないんだから。
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