酔いどれ君

酔いどれ君

 ビールを片手にTVをボケボケと見ていた。
 所さんの出ている奴で、夜の県庁所在地とかなんとかいう奴である。
 「神奈川に決定!神奈川にいってらっしゃい」
 そんな所さんの言葉が聞こえた。
 神奈川って言えば、この前単身赴任してきたとこだよな。
 思い出し笑いをしてしまう。
 あん時はベロベロに酔ってあまり記憶のない日があるのだが、こんな形で思い出す羽目になるとは現時点では思ってもみなかった。
 酔っ払いがカメラに向かって何か誤るコーナーをぼーっと見ていると、俺はあるシーンで思わず口に運んでいたビールを吹き出しそうになってしまう。
 笑えた訳ではない。
 「TVに出てるの俺じゃん!!」
 酔っ払ってフラフラとカメラの前に立っていたのはまさしく俺だった。
 あの酔っ払った時にこんな事してたのか、俺は。
 多少の苦笑を浮かべながら、俺はTVを見つめた。
 何を俺は言うんだろうか?
 記憶が無い分恐ろしいやら可笑しいやら。
 トルルルル……トルルルル……トルルルル……トルルルル……トルルルル……
 ふいに電話が鳴った。
 誰か、俺の知り合いがTVを見て電話をかけているのだろう。
 ちょっと有名人気分になって、俺は電話の受話器を取った。
 「もしもし菊池ですが?」
 「あ!今TVでね……」
 電話の相手は多少の興奮気味で電話の向こうで俺にTVの事を伝えようとしている。
 この声は恋人の尚子だろう。
 「あぁ、知ってる」と言う言葉が喉から出そうになるが、それを俺は押しとどめた。
 顔が一気に青くなっていくのが分かる。
 「陽子!愛してるぞぉぉぉっ」
 TVの向こうの俺は、何と前の彼女の名前を堂々と叫んでいた。
 ヤベェ。
 なんでよりによって前の女の名前なんか叫んでるんだ!
 しかも全国ネットで。
 どう言い訳しようかと思考がぐるぐる回る。
 「ねぇ?陽子って誰?」
 「だ、誰だよ、その陽子ってさ」
 動揺のせいか声が震える。
 「よくもTVで大声で『陽子愛してる』なんて言えるわね!私って恋人がいながら!」
 「本当にそれ俺なのか?TVに出た覚えはないぞ」
 「言い訳なんて見苦しいわよ」
 鬼気迫る声に震えるが、ここは知らぬ存ぜぬを通さねば。
 普段は馬鹿馬鹿しく思える政治家を俺は見習いたいと切実に思う。
 「だから、そのTVの奴が俺だって証拠はあんのかよ」
 強気でなければ負ける。
 負ければ後からが恐い。
 「TVのあなたのしているネクタイ私がプレゼントした物だもん」
 「何言ってるんだよ!あれは俺がデパートの安売りで買ったもんだ」
 「ふーん。やっぱりあなたじゃない。TVの」
 しまった!
 俺はハメられた事に気が付いた。
 誘導尋問とはやるな!尚子。
 などと思っている暇も無く、俺は全身から汗が噴き出てきた。
 ヘビに睨まれたカエルってのはこういう事だろうか?
 「で?陽子さんって誰なのかしら?そういえば、最近携帯電話に女の人からメールがきてたわよね?」
 「ち、違うんだ!これはTV局のヤラセだ!そうに決まってる!そう思うだろ?忍!」
 「忍って誰?」
 総天然ショーーーーーーック!!
 冷ややかな尚子の声を聞きながら、
 今後酒は断とう
 そう切実に思った。

教訓
 酒は飲んでも飲まれるな
 前の女はキッパリ忘れるべし

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