| 夕日
真っ赤な夕焼けを僕はグランドの隅の方にある芝生の上に寝転がりながら眺めた。
何もかも赤く染め上げていく。
グラウンドもサッカーゴールも、校舎も。そして人も。
そんな光景を見ているのが好きだった。
隣に誰もいない事を寂しく思いながらも逆に気を使わなくて良い。
もうじきクリスマスだ。
関係ない。僕にはきっと。
しかし、冬のグラウンドは寒い。
空気が澄んで夕焼けが奇麗に見えるものの、芝生の上は寒かった。
「あの場所は人に取られちゃったからなぁ」
ぼそりと呟いた僕の声は北風に紛れてどこかに掻き消されるように消えていった。
ぶるっと身体を震わせて、僕はその場を立ち去る事にする。
このままでは風邪を引きかねない。
「教室に戻ろう」
僕はゆっくりと起き上がった。
この時間、あの人とばったり会うかもしれない。
が、それもいい。
会わない事も会う事もあの人に取ってはさして変わりもしないだろう。
僕の場所をとったあの人には。
真っ赤な夕日とグラウンドを背にして、僕はゆっくりと校舎に向かった。
教室で夕日を見無くなってからどれくらい経つだろう?
夕日を眺めるのが好きだった。
独りで眺めていると、何もかも忘れさせてくれる。
そんな気にさせてくれた。
僕の教室から見る夕日は、どんなものにも対等に光を与えてくれて、正面にある太陽に少し手を伸ばしただけで、その夕日に触れられるような、そんな気持ちで入れた。
もしかすると、僕だけの聖域だったのかもしれない。
あれ以上の夕日は見たことが無い。いや、見れないだろう。
あの吸い込まれそうになる光は。
ゆっくりとした足取りで僕は教室に戻った。
鞄がまだ教室に残っているからだ。
何とはなしに教室の前で足を止めて中を眺める。
居た。
僕の場所を取った人が。
いや、僕が逃げただけなのかもしれない。
その人は、僕と同じようにぼ〜っと夕日を眺めていた。
吸い込まれそうだった。
今にも太陽の光に包まれて、消えてしまいそうに映る。
僕もあんな感じだったのだろうか?
いや、僕はもっと不純な色に染まっていたのだろう。
はっとその人が振り向いた。
「近藤君?」
「ご、ゴメン。鞄取りに来ただけだけだから。邪魔してゴメン。川村さん」
振り返った彼女に僕は慌てて答えた。
川村さんの短いの黒髪が夕日で赤茶色に染まって一瞬別人のように見える。
逆光の為に彼女の表情は暗くて分からない。
が、夕日に染まった教室はとても神秘的に感じる事が出来た。
静かに教室に潜り込むように入ると、鞄を持って僕はその場からさっさと立ち去ってしまおうと思った。
夕日が目にしみる。
「待って!」
教室を後にしようとする僕に川村さんが僕を引き止めた。
自然に僕の足が止まる。
逃げたしたいのに。いや、本心はもっとここに居たいのかもしれない。
夕日を眺めていたいのかもしれない。
「話、聞いてくれない?」
「うん……」
逆光で良く分からなかったけど、彼女は少し寂しげに笑っているように見える。
彼女と少し距離を置いて、僕は彼女が話を切り出すのを少し待った。
「夕日、奇麗だよね」
彼女はそう切り出した。
何が言いたいんだろう?
僕は変な焦燥感に捕らわれていた。
「あのね、私、ちょっと前までは、この奇麗な夕日知らなかったんだ。でも、ある日忘れ物してココに来たら ……ある人がここから夕日を眺めていたの」
「ふぅん」
関心無いような僕の返事。
川村さんはそんな僕の返事を聞いて、少し苦笑した。
夕日の逆光の中でも、彼女の髪は赤く染め上げられている。
表情が暗くてよく分からない分、ひどく神秘的に思えた。
「その人をちょっと後ろから見てたら、寂しそうで、夕日に飲み込まれちゃいそうでね。何考えてるんだろう?何見てるんだろうって思って。なんだか不思議な気持ちで。その人と同じ気持ちになりたくて、こうして同じ光景を見てるんだ」
「…………」
「でも、その人、私が居る時はココに来ないみたい。答えを聞いてみても聞けないのよ。だからこうして、自分なりに答えを見つけようっかなって」
「そうなんだ。僕も夕日を見るのは好きだけどね。そんな高尚な考えはないよ」
素直に答えた。
そんな複雑な思いで夕日を見ていない。
奇麗なものをただ奇麗だと思う。ただそれだけ。
表面的には。
深く突っ込めば違うかもしれないけど。、僕はそうだと思う。
誰にだって自分の「Key Station」というのがあるはずだ。
僕はそれを夕日に求めただけなのかもしれない。
「で、でも、その人はなんだか思い詰めてる感じがしたの。なんて言うか、孤独感をいっぱいに表して、『ここにいるんだ!自分はココに存在してるんだよ』って訴えている感じがしたの」
何も言い返せなかった。
心のどこかでそれを肯定する自分と否定する自分。
どちらが正しいのか僕には今は分からない。
「でも、それは私も一緒。不安なの。将来どうなるのか、自分がどこに進んでいくのか。誰かに助けてもらいたくても誰もが『いい大学行って、いい会社に入る』って。不安でいっぱいなんだ。いい大学、いい会社って何んなのかなぁ?って」
耳が痛い気がした。
僕も同じだ。
川村さんと。
「でもね、この夕日見てると、そんな事どうでもいい気がしてくるの。私ってなんてちっぽけな事で悩んでたんだろうなぁって。学校だけがすべてじゃないし、その仕事だけがすべてじゃないって。本気になればどこからでもスタート出来るんだって」
強い娘だ。
僕なんかとは比べ物にならないくらいに。
この夕日は彼女にそんな考えを与えるきっかけをくれたんだろう。
何かを追い求める彼女に。
僕とは違う。
「そうだね。その考えってすごいと思うな」
「うん、だからその、この夕日を教えてくれた……こ……そ、その人にお礼が言いたくて。ありがとうって」
「そうなんだ。僕も会う事があったら伝えておくよ。それじゃ」
「うん」
最後の悲しさと嬉しさが入り交じったような表情の彼女を残して、僕は足早に教室を後にした。
人にウソをつくのはつらいけど、慣れてしまう場合がある
自分にウソをつくのは苦しくて自分がキライになる
ウソは嫌だった。
でも僕は今、逃げるしかなかった。
傷つく事を恐れて。
僕は家に帰ってから、少し悩んで、電話を取った。
あの夕日は僕に何かを与えてくれたはずだ。
行動する勇気を。
傷付いても傷は治せばいい。
傷をいつまでも深くえぐるような行動はしたくはない。
それが自分の事であれ、他人の事であれ。
夕日というモノに逃げて、現実を見ない僕。そこから脱却しなくてはならない。
そして、普段使わない番号をダイヤルする。
トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……
「もしもし、すみません、近藤と言いますが。あ、うん。あのクリスマスなんだけど……」
クリスマスの夕日もきっと誰もを等しく赤く染め上げてくれるはずだから。
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