ナバールの手記

7.最後の晩餐

 アリティア軍の食事は当番が作る。
 当番は誰にもまわって来る。
 最初の頃は身分の低い者が作れだの女がすべきだの言って皆モメていたが、今では誰もが楽しげに料理をするようになった。
 男だろうが司祭だろうが将軍だろうが王子だろうが、料理を作らねば俺が斬るからだ。

 ドルーア城での決戦を明日に控えた夕方。
「ひょっとして今日の夕食って『最後の晩餐』ってヤツになるのか?」
 サムソンがラディに言った。
「ちょっと……それ縁起悪い言葉ではないですか?やめてくださいよ。なんか明日死にに行くみたいでイヤですよ。ねえ、ナバール先輩。」
 明日はメディウスを討ちに行く。確かに最後の戦いにはなるだろうな。
「気に触ったか?悪かったよ、ラディ。死ぬと言うより、明日の戦いが終わったらもうお別れなんだなあと思っただけなんだが……。」
「サムソンさん……。そうですね。戦争が終わったら、皆それぞれ自分の国に帰るんでしたね……。寂しいなぁ……。」
 ラディとサムソンは皆と別れたくないらしい。二人とも哀愁だのムードにどっぷりと浸ってしまった。
 そうだな。別れが近付いているのは確かだな。俺にはちっとも寂しいとは思えんが……。
 まあ最後だから、と思い、俺はセンチメンタルな気分に付き合った。
 思い起こせば……そうだな。ラディは俺の為に甲斐甲斐しく……何をしてくれたっけ。覚えてないな。まあいいか。そんなラディに最後くらい、何か思いやりのある言葉をかけてやろう。
「メディウスを討たなければいい。」
「な、何を言い出すんですか!?僕らメディウス打倒が目的で戦って来たんでしょう!?」
 そうか?俺は人殺しが楽しいから戦ってきたぞ。
「ラディ。お前は皆と別れたくないのだろう。ならばメディウスを生かしておけばよいのだ。そうすれば皆一緒にいられる。」
「そ、そんな……。確かにそうだけど……。だけど……。」
 なんだ。嫌なのか。
「じゃあメディウスは殺すんだな。」
 後になって忘れるといけないから、今挨拶と礼を済ませておこう。
「ラディ。今まで色々世話になったな。」
「ナ、ナバール先輩もメディウスを倒したらどっか行っちゃうんですかっ!?俺、自分の国アカネイアにナバール先輩を連れて行こうって、ずっと考えていたんですよっ。」
 そうだったのか。知らなかった。
「アカネイアは人を殺す機会が多い国か?」
「え?そんなっ。絶対そんな事ないですよ。この戦争さえ終わってしまえばとっても平和でいい国なんです。人を殺さなきゃならない事なんてほとんどありませんよ。本当にいい国だから一緒に行きましょうよ!」
 平和でいい国か。興味ないな。
「俺はアカネイアには行かない。」
 どぉぉぉん。
 なんだ?今の重く響く音は……。
 サムソンが俺に言った。
「今の音、ラディの心の音だぜ。」
 ラディ。お前の心は打楽器か。
 などと考えていると、本物の打楽器が鳴り出した。打楽器と言っても鍋をおたまで打っているというものだ。
「皆さぁんっ。ごはんですよぉ。」
 鍋はロシェが叩いていた。
「ロシェが鍋叩いてるって事は、夕食当番、オレルアン騎士団だな。最後の晩餐になるかもしれないんだから、変なもの作ってなきゃいいんだが……。」
 サムソンがそう言ったのを聞いて、配膳しているロシェがムッとしていた。
「失礼だネ。今日はウチの隊長が特別に味付けしてくれたスッゴイ料理なんだから、変なもの呼ばわりしないでよ。」
 ロシェの隊長とは誰だったろう。オレルアン騎士団の隊長?……思い出せない。まあいいか。とにかくスゴイ料理だと言うのだから作るのが上手い奴なんだろう。
 スープ碗(これしかないのだ)に盛られた食べ物を見て、サムソンが言った。
「スッゴイ料理って……このカレーライスがか?」
 カレー。何か嫌な予感がしたが、空腹だったので俺は「すばやさ二十」ですぐ食べた。
「ナバール先輩。座って食べて下さいよ。草の上に手ぬぐい敷きましたから……。」
 そう言われたとき、俺はもう食べ終わっていた。
 他の連中は、今やっと食べ始めるところだ。
 一口食べてサムソンが言った。
「んっ!?こ、これは……!なんて美味いカレーなんだっ。こんなカレーは食ったことがないっ。」
 続けてラディが言った。
「本当だ。適度の辛みとコクのある味。そしてこの香りの豊かさは信じられないほどだ。一体どんなスパイスを使ったんだろう。」
 そんなに美味かったか?急いで食べてて解らなかったな。もっとも俺はあんまり味を気にしない方だが……。
 サムソンやラディ以外の兵士も「美味い」と騒ぎ始めた。あまり皆が騒ぐので、俺もよく味わってみようと思い、碗に残ったカレー汁をなめてみる。
「残りの汁までなめるとは、それほどまでに気に入ったかね?私の作ったそのカレー。」
 ガシャン。
 俺は碗を落とした。舌は硬直した。
「あっ、ハーディン隊長ぉっ。隊長が味付けされたこのカレー、大好評ですよ!」
 ロシェが嬉しそうにハーディンに言った。
 そうかオレルアン騎士団の隊長って奴のことだったのか。知っていたら誰がこんなカレーなど食うものか。
「ナバール先輩、どうしたんです?舌を出しっぱなしで……オグマさんがこっち見て興奮しているようですよ。舌しまって下さいよ。」
「ラディ、お前平気なのか?ハーディンが作ったカレー食べて……気持ち悪くならないか?」
 思わず聞いてしまった。
 けれどラディは平然として答えた。
「そりゃ、ハーディンさんがちょっと変なのは知ってます。でも作っただけでしょ?何もあの人の体の一部が入っているわけじゃないんですから……。別に気にすることないですよ。」
 それもそうだな、と思い、俺は気持ちを落ちつけた。
 たたたたたた。
 この六の歩数の軽い足音は、魔道士か?
 そいつはハーディンのところで止まった。
「こんにちは。味にうるさい魔道士マリクです。ハーディン殿。今日の貴男のカレーは素晴らしかった。是非作り方の秘訣を……そう、特にスパイスについて教えて頂きたいのですが……。」
「良いだろう。知りたがりのヒバリくん。今日のカレーのスパイスは、私の体の垢なのだ。」
「そ、それはどういう意味ですか?ひょっとして冗談なのでしょうか。」
「何を言うね、ヒバリくん。私はカレーを分泌できる『カレーの王子様』なのだ。ほら、私の皮膚をよく御覧。」
 ハーディンはマリクの前で腕を剥き出しにした。そして自分の皮膚をマリクの目の前でポリポリと掻いて見せる。皮膚の表面から黄色のカレー粉のような物が落ちた。いや、今日のカレーと同じ香りのする、紛れもなくそれはカレー粉だった。
「どうだね?素敵だろう。私は今日と言う大事な日の為に、湯あみもせずにずっと垢を溜めていたのだよ。今夜の食事は『最後の晩餐』。このカレーは私の血。このカレーは私の体。では諸君、アデュー!」
 戦慄の時。
 アリティア軍が野営するこの森では、五十人分の戦慄の時が流れた。
 そして森は黄色の海と化してゆくのだった。

 黄色の海を見るのも耐え切れず、俺は森の外れの方まで来ていた。
 一人になりたかった。俺はあれを全部平らげた上に碗までなめてしまったのだ。
 こんなことで明日は大丈夫なんだろうか。明日は最後の決戦だというのに……。
  吐くだけ吐いて川でうがいした。そして木の切り株にヘタリ込むように俺は座った。
 パキン。
 枝が踏まれて折れる音がした。
 誰か来る。




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