しいたけ。

作・なばる野のぐそ


 朝。
 テントの中で起きてみると、俺はシイタケ になっていた。

 シイタケ。
 それは、俺の認識では人間ではない物のことだ。

 幸い、今俺のいる勇者専用のテントの中では、まだ誰も起きていなかった。俺はとりあえず静かにそこを出ようと試みた。
 むぎゅ。
 しまった。寝ている誰かをシイタケの足(足と言うのだろうか)で踏んでしまった。
 むぎゅ、と踏んでしまったそれは、乱れた長髪をかきあげながらムックリと起き上がった。
 ナバールだった。
 ナバールは寝ぼけた顔で菌類になった俺をしばらく眺めていた。彼は上から下まで観察してすっかり状況を把握すると、今度は子安武人の声で笑い始めた。
「ククッ、‥‥シイタケか‥‥やはりな。」
「な、何が『やはり』なんだ。」
「知らなかったのかオグマ。お前の左頬にあった傷、あれは伝説の『しいたけエムブレム』だ。」
 しいたけエムブレム!?
「スキヤキへ入れるシイタケにつける十字形の傷。それと同じ物がお前の頬にあっただろう。それを持つ者はシイタケに変化すると言われている。」
 そ、そうだったのか‥‥。
 しかし、それにしてもさっきからナバールは楽しそうだ。俺がシイタケになった事がそんなにも嬉しいのだろうか。
 そんな俺の困惑に気付いたのか、ナバールは俺の方をジッと見てニヤリと笑った。
「その体では俺に何もできまい。」
 ガラガラガラ、ピッシャーン。
 頭上から不幸のサンダーが俺に落ちた。
 そうだ。なぜ今までそれに気が付かなかったんだろう。シイタケになったということよりも、ナバールにイロイロできないという事実の方が大きな問題だ。なんということだ。まだ何もしていないのに!
「ごめんなさいオグマ。実は私は知っていたのです。」
 突然、俺とナバールの間で眠っていたはずのものがそう言った。若い女性の声だった。な、なぜニーナ姫が勇者のテントに!?(女人禁制のはずだ!!)
「愛するものとピーッできなくなる。それがしいたけエムブレムにまつわる悲しい伝説。アルテミスの定めなのです。」



 その日から俺は伝説の勇者としてアリティア軍の為に戦った。
 そしていつしか戦争も終わり、ナバールは風のように去った。平和に包まれた日々の中で、かつての仲間が結婚するという話も幾つか聞かれるようにもなっていた。
 しかし、伝説の勇者になったこの俺には、結婚の噂もない。
 しいたけだから。

おわり。


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