Pieces
「エルクさん?どうかしましたか?」
「あ、いや…。」
夕飯がてらに入った酒場。窓際に座り適当に飲み食いして賑やかな店内で寛いでる。道行く自転車のライトにつられて外を向いたままでいた俺は、アレクの呼びかけで我に返った。
「…似てきたなぁと思ってさ、父さんの顔に。」
目が捉えてたのは、ガラスに映った俺自身。鏡と異なり景色の上へかぶってる不鮮明さが、面影を重ねやすいんだろな。
「へぇ、じゃあお父さんもかっこいいんですね。」
アレクがぬけぬけと甘ったるいことを口にした。俺の反応を楽しんでんじゃないかと疑うくらい臆面もなく言いやがる。こいつは人をまっすぐに褒めてくるから、突然本気で持ち上げられて舞い上がっちまわないように顔色を変えないでいるのに苦労する。
「…まぁな…。」
今のは本当ならそんなことねぇと否定しとくとこなんだろうけど、ガキの頃の俺には父さんが誰よりもかっこいい存在だったから、肯定したって間違いじゃねぇ。アレクが俺のこともかっこいいって思うなら、それはアレクの主観なわけだし、俺が口出しするこっちゃねぇよな。
誰にともなく言い訳して己を正当化し気を紛らわしてると、今度はアレクが軽く窓を覗き込んだ。目線でアレクも町の風景じゃなくて自分を見てるのがわかる。アレクの表情が少し翳った。俺がしたように、自らの中に両親の影を探そうとしたんだろう。確かに受け継いでるはずなのに、触れもするのに、記憶は応えてくれない。
やっぱり何も見いだせなくてアレクが溜息をついてしまう前に、俺はゴーグルをうまく避けてデコピンを見舞ってやった。
「いたっ。」
「なに自分に見惚れてやがんだよ。」
アレクはゴーグルをはずしてデコをさすりながらにらんできたが、俺がからかうと困ったような笑いをこぼした。それを見て、俺もホッとして頬が緩むのを感じた。
「違いますよ。それを言うならエルクさんだって見惚れてたくせに。」
「あ?おまえに?」
「なんでですか。自分にですよ。」
今しがた苦笑いのアレクに引き込まれたから、そのことかと思った。
「俺は違う、ボケッと眺めてただけ。見惚れるような顔じゃねぇし。」
「僕だって…。」
「…おまえはそうゆう顔だ。」
意味ありげにチラッと目配せしてから言った。暗に、俺にとってはな、というのを匂わして。最初アレクは怪訝そうに眉を寄せたが、何度か瞬きをするとゆっくりと俯いた。
「なんですか、それ…。」
アレクにしては珍しく俺の意図を嗅ぎ取ったらしい。小さく漏らした反発の言葉は明らかに照れ隠しで、アゴを引いたまま上目づかいで甘えるように見上げてきた。だからおまえはそういう顔だっての。今度は俺が目を逸らす番だった。
そ知らぬ顔でグラスを手にして一気に流し込んだ。アレクがそんな俺に嬉しげに微笑みかけるんで、それにまたしても逆らえず結局俺も笑い出すと、アレクの瞳が一層優しくなった。
「そうやってエルクさんが笑顔でいると、お父さんも笑ってるみたいですね、あなたと一緒に。」
思わず横目で窓を見た。そこには見慣れた自分がいるだけだったが、何かに柔らかく包まれたような思いがした。父さんや家族や、俺を見守ってくれてる色んな人たちの笑い顔が浮かんできて、もう少しで涙出そうだった。
「…笑ってくれてっかな…。」
この気持ちが逃げないように、目を伏せて落ち着いて呼吸する。心に大切に沁みこんだのを確かめてからそうっと目蓋を開けた時、アレクはまた窓ガラスへ首を傾けてた。おまえも思い出せたらいいのにな。俺の内に巡ったこの温かさと同じもので、おまえの欠けた過去も満たされればいいのに。
アレクがこっちに向き直らないうちに、俺はも一発デコピンをくらわした。今度は遮るものがないから思いっきり決まり、アレクは「うぎっ」とかおもしろく呻いてくれた。吹き出した俺に、両手でデコをガードしながらけっこうな非難の目を浴びせてきたんで、しばらく俺の前じゃゴーグルはずさなくなったりして。
「だから見惚れんなっての自分に。」
ニヤッと意地悪く言ってやると、アレクは悔しそうにしてたが、それでも笑みに変わってった。おまえみたくたった一言で幸せを与えるなんて俺にゃ無理だけど、とりあえずアレクの中の欠けたとこ、今は俺で埋まっとけ。
end
<あとがきです>
アタギクリュウさんへ、いろいろなお祝いと感謝を込めて書かせていただいた話です。
だいぶ前に書いたもので、どんなきっかけで思いついた話とかすっかり忘れてますが、
クリュウさんがこの話の二人をお描きになった絵を見て、雰囲気もそして色も自分のイメージそのままで、
私の文章を他の方が読み取って下さってるのを初めて実感したのを覚えてます。
そういう意味でも私にとって思い入れがある話で、なんか特別なことをしたくって、
そのまま載せるんじゃなくて、おまけの話を作りました。
おまけと言っても同じ場面をアレク視点にしただけですが、ラストにちょっとだけ足しました。
エルクのこの話を気に入っていただけたなら、アレクのも読んでいただけると嬉しいです。