SWEET 19 BLUES

 

 

1st elc

「これから帰ります。」
 最寄の船着場からアレクは律義に電話をくれた。今日はあいつの誕生日で、俺の方は休みを取って待ってるから、気を使ってんだろう。
「早く帰ってこいよ。こっちは準備万端だからな。」
「え?そんな、用意してくれてるんですか?」
「おう、してる。」
「すごい、すてきな誕生日だなぁ。」
「誕生日だけじゃねぇしな。」
「え?あと他にもあるんですか?」
「他にって…覚えてねぇの?」
「え?あの…。」
 意味がまったくわかりませんというように素直に聞き返してくるのが、妙に腹立った。
「へぇ、覚えてねぇんだ。」
「あの、なんの…。」
「思い出すまで帰ってくんな。」
「え!?」
 驚くアレクの声を合図に、電話を切った。誕生日と、もうひとつ記念日があるだろうが。

 

 

2nd alec

 エルクさんが待ってるから急いで帰ってきたものの、家の前で、自分から鍵を開けることもベルを鳴らすことも出来なくて途方に暮れてる。
 さっきの電話で彼を怒らせちゃったみたいなんだけど、僕にはさっぱり理由がわかんない。でも詳しく聞こうにもとりつくしまもなく、思い出すまで帰ってくんなと言い放たれた上に電話も切られたくらいだから、よっぽどのことだ。
 誕生日以外に特別なことなんてあっただろうか。道すがらずっと考えたのに思い当たらない。

 

 

3rd elc

 もういい時間が経ったけど、アレクはまだ戻らねぇ。さっき電話をあんな切り方したから帰ってきづらくなってたりして。
 気になって窓から外をのぞいたら、玄関前に佇む姿を発見した。閉め出しをくらったかのようにアレクがポツンと立ってる。なんつーか、予想を裏切らねぇヤツだ。
 アレクに動く気配はねぇから、玄関に足を向けた。

 

 

4th alec

 突然ガチャッとドアが開き、エルクさんが顔を出した。僕はものすごくびっくりしたけど、彼は少しも動じてない。僕がここにいたの気づかれてたのかな?
「あ、た、ただいま帰りました…。」
 無表情なエルクさんについ言葉も丁寧になる。でも彼の態度は変わらない。
「思い出したか?」
「あ…いえ…。」
「思い出すまで入ってくんな。」
 電話で聞いた時よりも、目の前で言われる方がかなりショックだ。
「エルクさん…。」
 戻ってくドアに向かって呼びかけたけど、応えはなくパタンと閉まってしまった。
 どうしよう、本当にわかんない。エルクさんは怒ってる雰囲気じゃない、だけど何も教えてくれない。きっと覚えてて当然ってことなんだ。
 不意に子供の頃に抱えてた不安がよみがえってきた、名前も年も自分の手掛かりが何も見つけられなくて心に穴が開いてる感じ。時とともに薄らいではいるけど、あの感覚は簡単に引き出せる。まさか僕また記憶が欠けちゃってるんじゃないのか?

 

 

5th elc

 いったん閉めてから、一呼吸おいて再びドアを開けてやった。少しの間にアレクの顔色は青ざめてる。そんないじめたつもりはねぇんだが。
「…エルクさん…僕は何を忘れてるんですか?思い出せないんです…。」
「入れ。」
「あの…。」
 話の先を急ごうとするアレクの肩を押して、ひとまず家に入れた。アレクは縋るような目で見つめてくる。何をこんな思い詰めてんだこいつ。
「去年の誕生日のことは?」
「…去年の?」
「そう。」
「…覚えてます。」
「おまえ俺になんて言った?」
「…去年…誕生日に、家族になって下さいって、言いました…。」
「覚えてんじゃん。」
「え?」
「おまえあれプロポーズだろ?」
「そ…そうです。」
「じゃあ今日は?」
「え…。」
 アレクの瞳が戸惑いがちに揺れた。ここまで言ってもピンとこねぇか。鈍いっつーか無頓着っつーかドライっつーか…こだわってる俺がめちゃくちゃ女々しく思えてくる。
「…あの、去年何か約束したとか…。」
「そうゆんじゃねぇよ。」
 気にしてたのはやっぱ俺だけかと、ちょっとため息をついた。するとたちまちアレクの顔が頼りなげに歪んだ。
「あのっ僕ホントにわからなくて…どうしよう、記憶、また…。」
「記憶?」
「僕、記憶がもしかして曖昧に…自分のことまた忘れちゃってるんじゃ…。」
 記憶って、また忘れてって、もしかして記憶喪失の方向にいってんの?
「違う違う、そんな大ごとじゃねぇよ。」
 思ってもみなかった反応に慌てたが、アレクは否定するように首を振る。
「だけど、ホントに心当たりが…。」
「だからそんなんじゃねんだって。」
「でも大事なことなんですよね?それなのに僕…。」
「あーもう、それ以上言うな!」
 ちょっと意地悪してやるつもりが、こんな不安にさせてどうすんだ俺。てゆーかアレクおまえのそのたまに突飛な思考がホントたまらねぇ。

 

 

last alec

 イラついたような声でエルクさんが僕の言葉を遮った。呆れられてる、イライラされてる。拳で眉間を何度も叩いてみた。早く思い出せ!
「おいおい待て待て。」
 エルクさんが僕の手をつかんでやめさせた。僕が俯いたら、彼はゴーグルを外してさっき叩いたあたりを親指でこすってくれた。少し乱暴な手つきに目をギュッとつむりされるままになってると、そのまま頭を抱きこまれる。
「おまえは何もおかしくねぇよ。俺が勝手に盛り上がってただけで。」
「…盛り上がる?」
「いや、ちょっと…。」
「…去年の、誕生日のことなんですよね?」
 彼の肩をつかんで自分から体を寄せ、もっとエルクさんにくっついた。僕が記憶をなくしてるんじゃないって言うなら、ちゃんと安心させてほしい。
「あー…去年のプロポーズが嬉しかったんで、今日をおまえの誕生日と一緒に結婚記念日みたいにしよっかなーって考えてたんだよ…。」
 意外な内容に顔を見ようとしたけど、エルクさんは僕を放してくれずさらに強く押さえつけられた。
「ところがおまえはなんも意識してねぇしさ。そんでまぁ…意地になっちまったわけなんだけど。まさか記憶がどうのって話になるとは思わなかったし。」
「す、すみません…。」
 エルクさんにプロポーズしてちょうど1年経ったんだ。もちろん覚えてるけど、その記念日ってのは思いつかなかった。あれは結婚に代わる約束がほしかったんだけど、彼を縛りつけたい気持ちも少しあったりしたから、エルクさんがこんなに大切な日として捉えてくれてるなんて嬉しい。
 腕が緩められ、次に彼は僕の頬に手を当てて顔を覗き込んできた。
「泣き止んだかよ?」
「泣いてないですよ。」
「どうだかな。」
 エルクさんが笑ってくれ、僕もそれに微笑み返した。今まで5月14日に僕に向けられた笑顔を、こんな素直に受け止められたのは初めてかもしれない。ずっと、嬉しくないわけじゃないのに便宜上決めただけの日付に思えてた。でも1年前18歳になったからって彼にプロポーズしたりして、誕生日として認めてるんだかいないんだか、僕も矛盾してるんだけど。
 それでもやっぱり仮の誕生日という意識を拭えないこの日に、結婚記念日ってゆう明確な意味が加わった。もしも記憶が戻って5月14日が誕生日じゃなくなっても、結婚記念日として残るんだ。こんなすごいこと、気づかずに過ぎちゃうところだった。
「エルクさん、教えてくれてありがとうございます…僕からプロポーズ申し込んだのに、気がきかなくてごめんなさい。」
 彼の肩から首に腕を滑らして、こっちからキスした。エルクさんも僕の髪に触れながら応えてくれるのを感じつつ、また記憶喪失になったんじゃないかなんて見当違いもいいとこだった自分がおかしくなって、離れた途端に笑いが漏れる。
「もう忘れんなよ?」
 はい、という返事は、僕に負けずおかしそうな顔つきをして再び口付けてきた彼の唇に直接伝わった。
 結婚記念日を覚えてなかったなんてきっとケンカになるとこなんだろうに、僕は許してもらえておまけにこんな大事にされてる。こういうのを、いい人をつかまえたって言うんだろうな。

 

end

 

<言い訳です>

去年書いたアレク誕生日の一年後、アレク19歳の誕生日です。
ですが中身は結婚記念日についてで、しかしプロポーズの日が結婚記念日と言えるのか、
いろいろなことに眼をつぶって書きました。

 

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