アルディアの式典に現れたシルバーノアに触発されて、俺は記憶を取り戻した。その時隣にいてくれたリーザと、後で合流したシュウとシャンテにすべて話した。戦いに巻き込むからには打ち明けるべきだと思ったし、俺も聞いてほしかったから。
だけど一つだけ言わなかったことがある。村が襲われたのが、俺の誕生日だったってこと。それまで明かす必要はないと判断した。付け加えたところで、哀れさが増すだけだ。そして俺にとって、四月十一日は村の皆が理不尽に惨殺された日であって、誕生日なんかもうどうでもよかった。全て思い出してから最初の四月十一日は、大災害後、世界を駆け巡ってた頃にやって来た。この日を忘れることは決してない。でも忙しくしてればそれだけに心が捉えられることはないだろうと思った。アーク達が守ったこの世界を、一日も早く復興させるのが第一で、自分のことなど二の次だったはずだった。
でも実際その日を迎えたら、俺は正常ではいられなかった。背後でばたばたと人が倒れる気配がする錯覚に絶えず見舞われ、ひどいパニックに陥った。その時一緒に行動してたシュウが俺の暴走を止めてくれた。
そのままシュウに何もかもぶちまけた。情けなかった、辛いなんて思うこと自体が村の皆を裏切ってる。殺された皆の方が、間違いなく俺より苦しんだんだ。
シュウはよっかからせてくれた。でももうこれっきりだ。俺は一生四月十一日を背負って生きてく。
光
明るい日差しの中、数歩前を行く姿勢のいい後姿に引かれるようにして足を進める。心に迷いを持ちながらついてく俺の歩調はのろまで足取りも重い。アレクは止まりがちな俺に合わせて、景色を楽しむようにゆっくりゆっくりと歩いてる。爽やかな空気にアレクは溶け込んで見えて、反対に俺はこの世で一番不似合いに違いない。
今日はたまたま二人の休みが重なった。いつもなら出来るだけ共に過ごせるようにお互いの予定を知らせ合うけど、今日に限って俺はアレクに告げなかった。側にいてほしい半面、普段どおり接してやれる余裕があるかがわかんなかったから。
朝からあまり口を開かないでいたんでアレクがどうしたのか尋ねてきたが、俺は顔を上げるのすら辛くなってた。そんな俺に腹を立ても呆れもせず、アレクは根気よく話かけてきた。散歩に行こうと、そっと取られた手を拒むには、アレクへの申し訳なさが募り過ぎてた。アレクにも、世界のすべてにも謝りたい思いでいた。連れられてやってきたのは、広い野原だった。子供の頃ルッツと駆け回った丘を思い出すと言ってた、アレクの気に入りの場所だ。短い草ばかりの適当なところにアレクは寝転がって俺にも座るように促し、俺がのろのろ腰を下ろすのを見届けると、満足そうに微笑んで目を閉じた。
俺のこんな態度はアレクを不安にさせてるに決まってる。それなのにこいつは何も聞かないまま隣にいる。だからと言って腫れ物に触るような扱いをしてくるんじゃなく、いつもの様子となんら変わりない。いつでも惜しみない真心を与えられてることを、いまさらながら思い知る。
日に照らされたアレクは、まるで太陽から愛され祝福を受けてるようだ。本当に光の中にいるのが相応しい。平等に降り注ぐ陽光は俺には眩しくて耐え切れず、顔を覆って圧されるように倒れこんだ。光に晒された手は指の隙間が赤く滲み、あの時の血の雨を彷彿とさせた。たまらず握り締めた拳を目に押し付け、奥歯を噛み締めたが全身の震えは抑えられなかった。ふと、日が遮られ、肌を射される感覚が消えた。続いて手に柔らかいものが触れて宥めるように撫でられると、徐々に震えが止まっていった。腕の力も抜けた頃、それを見計らったように目から手を退けられたが、まだ目蓋は下ろしたままでいた。すると今度は額を包むように触れられ、やがてそれは何度も丁寧に額と髪の間を緩やかに滑った。その動きに合わせて俺の呼吸もゆっくりと落ち着いたんで、静かに目を開けてみる。日の光の代わりに飛び込んできたのは、俺を守るように覆いかぶさって真剣な眼差しでこっちを覗き込んでるアレクだった。
今日この日に、日の下にいる自分が居たたまれなかった。俺ばかり明るい世界で生きるのは不公平だ。光から目を背け、俺は暗い影に埋もれるべきなんだ。
それなのに、アレクがもたらす影は、こんなにも優しい。影の中でさえアレクは温かい。影にいてもなお、幸福を感じてしまう。視界がぼやけ、目をつぶると涙が流れた。心はただ、謝り続けてた。アレクに、そして村の皆へ。
「…俺…誕生日なんだ…。」
言うまいと思ってた。俺は祝ってなんかほしくない。
「…今日、ですか?」
「うん…。」
「…それじゃ、帰ったらお祝いしましょう。何も用意してないですけど、せめて…。」
「いい…何も、いらねぇ…。」
「でも…。」
俺は首を振ってアレクの思いやりを退けた。ごめんアレク、せっかく俺のこと考えてくれてんのに。ごめん皆、俺だけ生き延びてこうして大切な人までも手に入れられて。
「俺の誕生日だけど…家族が、死んだのも…今日なんだ。」
「えっ…。」
「家族っていうか、村が襲われて…俺だけ残して、皆殺された。」
そう言うと、アレクは痛ましげに眉を寄せ、唇は歪められた。こんな話をすればアレクは自分のことのように刻みつけちまうのはわかってるのに止められなかった。
「悪ぃ…今日、おまえにも嫌な思いさせちまった…。」
シュウが知ってくれてるからいい、それだけで充分だったはずだ。だけど大事な人が増えて、俺はアレクにも頼りたくて仕方ないんだ。朝からおかしな態度とって、あげく悲惨な話を聞かせて、どこまで甘えるつもりなんだろう。そしてそんな弱さが、村の皆への負い目にもなってく。「エルクさん…。」
俺はバカか。泣けば泣くほど悔しさが積もるだけなのに涙は終わらない。アレクは何度も額に、目蓋に、頬にあやすようなキスをした。
「…誕生日、おめでとうございます。」
アレクは思いつめた顔で言った。俺の気持ちを慮って、言葉とはちぐはぐなそんな表情になったんだろう。でもその一言と、家族に贈るようなキスが、四月十一日の記憶を溢れさせた。
あの日、村が襲撃される前に、皆は俺の誕生日を祝ってくれた。あの日だけじゃない、毎年毎年、俺の成長を喜んでくれてた。俺は四月十一日が大好きだったんだ。楽しかった子供の頃や、撃ち殺されてった皆や、いろんなことでもうぐちゃぐちゃだ。この思いは自分じゃどうしようもなさそうで、無心にアレクを思い切り抱きしめて、その温もりに縋り付いた。今はただ、アレクも、村の皆も、眩しい光も、何もかも愛しかった。
今日を誕生日として過ごすことを、初めて許せる気がした。大切な人達が命を落としたあの日にも、確かに俺は愛されてたんだから。
end
<言い訳です>
もともとはいつもの調子の甘々な話で考えてました。「なんで当日に言うんですかーっ」みたいな。
炎のエルクで、村襲撃が誕生日当日だったので、それもいいなと思って書き出したんですが、
そうすると大災害後のエルク16歳とかで、アレクじゃなくてシュウのが自然じゃんと気づき、
でもエルアレも捨てがたく、前半にシュウがどうのってのを足して…というムリがたたった結果こうなりました…。