服を着替えて靴を履いて、装備をつけてグローブをはめる。マントをまとったらハンター証を下げて、そして最後にゴーグル。これをつけると朝の眠気も飛んで、気が引き締まる。
「それ、痛くねぇの?」
エルクさんは一足先に仕度を終えていた。今日は一緒に出かけるので待っててくれてる。彼が指さすのは僕の頭、ゴーグルのことを言ってるんだ。
「平気ですよ。初めは引っ張られてる感じがして痛かったけど、もう慣れてしまったから。」
大災害前からの僕の唯一の持ち物だから、今もずっと身に着けてる。子供用じゃないみたいだし、なんで持ってたのかはわからないけど。
「前は首にかけてたんです。でもルッツのお姉さんに、こうするように言われて。この方が邪魔にならないからって。」
走るとゴーグルが跳ねて顔にビシビシ当たってたし、何度かスープの皿に入っちゃったり食べこぼして汚してたから、見兼ねたクレッタさんがいい方法を教えてくれたんだ。
「ふーん…ルッツのあの髪も邪魔くさそうだよな。」
「それは、ルッツ髪薄くて、ハゲるかもしれないから伸ばせって。やっぱりクレッタさんが。」
エルクさんが怪訝そうに眉をひそめた。
「髪長い方がハゲにくいらしいですよ。」
クレッタさんがそう言ってた。暑苦しいから切ってってルッツが頼んだら、おじいちゃんはハゲてたからあんたも必ずハゲる、それがイヤなら髪を伸ばせって。
「へぇ…そんなの聞いたことねぇなぁ。」
そうなのか。でもその地方で考え方って色々あるからね。月の模様でも、兎に見えたり女の人の横顔に見えたりとか…ん?これはちょっと違うか。
そうだ、クレッタさんと言えば、エルクさんは知ってるかな。
「エルクさん、リーグルさんて会ったことあります?」
「リーグル?…って槍使いの?」
「えぇ。リーグルさんの恋人なんですよ、クレッタさん。」
クレッタさんは助けられた時からリーグルさんのことを好きだったそうだ。思いが叶ってよかったよね。
よし、もう出られる。念のため忘れ物がないか部屋を見回すと、エルクさんも荷物を手にしながら口を開いた。
「じゃ、あいつもそのうち、どっか変えられたりして。髪伸ばしてたら笑えるな。」
楽しそうにエルクさんは言う。でももしホントに長髪になってたら、リーグルさんは真剣に髪のこと悩んでるのかもしれない。次に会った時、くれぐれも失礼なこと言わないようにしないと。ハゲる心配のなさそうなエルクさんを見ながら、しっかりと心に留めておいた。
The 美学
久しぶりにサシャ村を訪れた。しばらく顔を見せてなかったから、皆喜んで迎えてくれる。リーグルさんは来てないようだ、ちょっと残念な気もする。クレッタさんがお茶に呼んでくれたので、彼の髪型を聞いてみたら、今までと同じということだった。なぜそんなこと確かめたのか疑問に思われたので、エルクさんとのやりとりを話すことにした。
「…なんてこと言ってた方がいるんですよ。」
するとクレッタさんは少し呆れたように笑って言った。
「何言ってるんだか。誰よその人、ハンター?」
「そうですけど…。」
「リーグルを変えようなんて思うわけないじゃない。変わろうと変わるまいと、私は彼自身に惚れてるんだから。髪なんて気にしないわよ、まぁよっぽどおかしかったら話は別だけど…わかるでしょ?」
もちろんエルクさんがどんな格好をしてたって、僕は構わない。でも女の人は、外見にこだわるんじゃないかと思ったんだ。そう決めてかかってしまって悪かったかな。好きな人のありのままを大切に感じるのは誰だって同じか。
「はい、わかります。」
「あら?なによアレク!好きな子出来たの!?」
何気なく返した一言に、クレッタさんは異様に盛り上がった。
「えっ…いや、あの、その気持ちはわかるかなぁって…。」
たどたどしく言い訳してみる。問い詰められたらどうしよう?エルクさんのこと話すわけにはいかない。僕だけならいいけど、彼に迷惑がかかるかもしれないし。
僕の思いが通じたのか、クレッタさんはそれ以上問い質すつもりはないようだ。ただ、興味深そうに大きく開かれた目で、意味ありげに見つめられた。
「あっそーお!がんばんなさいね!」
その言葉には、意外だわ!という響きが込められていた。詳しく聞かれなかったのは助かったけど、なんだか恥ずかしい…。
「ところで、私あんた達の髪型、そんな理由つけてたっけ?」
俯いてた僕に、クレッタさんが首をひねって問いかけてくる。よかった、話題を変えてくれた。
「はい、僕は邪魔だからって頭にゴーグルを…。」
「あぁ〜、そうそう、そうだった。そんなこと言った気がするわ。」
クレッタさんは何度かうなずきながら、だんだんとおかしそうに表情を崩した。なんだろう、そんな面白エピソードではないよな。含み笑いをするクレッタさんに、僕はさらに戸惑った。
「あの時ね、ホントはこうしたらかわいいだろうと思ってやったの。」
「…へ?」
「だけどアレク痛がってたしイヤがってたから、それで邪魔になるからそうしてなさいって言ったのよ。我ながらうまく言ったもんだわ。まぁ実際、邪魔だったものね?」
「…はぁ…まぁ…。」
真相を打ち明けられて、ただ唖然とするばかり。目の前のクレッタさんと、あの日のクレッタさんが重なる。手招きで呼び寄せられた子供の僕は、何の前触れもなく突然ゴーグルを頭にずり上げられた。びっくりしたし痛いから元に戻そうとしたら、クレッタさんに止められたんだ…邪魔でしょって。確かに顔に当たるわ料理に付くわ、その上肩が凝ってたりもしたけどさ…まさかそれがただの思いつきで、「かわいいだろうと思って」が本音だったなんて…。けっこうショックです、クレッタさん…。
落ち込みそうな僕とは反対に、クレッタさんは色々と思い出してきたようで愉快そうに話す。
「ルッツはね、まぁ年取ったらハゲそうだけど。単に面倒だったのよ、髪を切ってやるのが。」
そうですか…あいつはまだ信じて髪を長くしてますよ。あれ?でも、それならどうして僕の髪は切ってくれてたんだろう。僕は、むしろクレッタさんから切ろうと言われてたけど。
「あの…僕はなんで切ってくれて…。」
「かわいいからよ。」
おそるおそる尋ねた僕に、それはもうあっさりとクレッタさんは答えてくれた。僕はハンターに憧れてて、あんな風にかっこよくなりたいって思ってた…それが、よもやかわいくされていただなんて…。今からでも遅くない、かわいいと言われた要素を取り除いてしまおう。僕はゴーグルをはずそうとした。
「…あ〜、でもちょっと見ないうちに、ずいぶん男前になったわよねアレク。」
感心したような明るい声に、つい手が止まる。男前は言い過ぎだけど、近頃ハンターらしくなったんじゃないかとは自分でも考えてたんだ。少しだけど背が伸びたし、力だってついてきた。
「…ホントですか?」
「えぇ、ホント!」
…ウソだ…。このクレッタさんの笑顔は、何度も目にしてる。思えば僕をかわいくしようとしてた時もこうして笑ってたもん。やっぱりゴーグルを取ろう。どうして僕は子供っぽさが抜けないんだろう…エルクさんだって同じような髪型なのに、彼はあんなにかっこいいのにな…。
ふと、髪に触れた手を再び止めた。そうだ、ゴーグルで立ち上げたこの髪型は、バンダナを巻いたエルクさんにちょっと似てる…。いや、だからって僕は彼みたくかっこよくないんだし…でもせっかくエルクさんに近いところを変えるのも…いやいや、形だけマネしてたってさ…けど僕は彼に出会う前からこうやってて、それが偶然似てたってのがなんか嬉しいじゃないか…。
「…アレク?」
黙ったままの僕にクレッタさんが声をかけた。それをきっかけに、僕は腕を下ろした。ゴーグルは頭にはめておくことにする。このままでだって、かっこよくなれるはずだ。そうだ、きっとなれる。必ずエルクさんのようになる。なるって思ってればなる。病は気からって言うじゃないか。
「そうそう、そうやってる方がアレクらしいわよ!」
やっぱりクレッタさんは、かわいらしいものを見る目で僕に微笑んでる。出鼻を挫かれて、情けなく笑い返しそうになる。いけない、こんなんじゃ…僕はややひきつりながらも、かっこいい笑みを浮かべてみた。でもクレッタさんにますます目を細められてしまった。
う…まだまだ、勝負はこれからだ…負けないぞ!ハンターは強くなきゃな!
end
<言い訳です>
かなり無理が…特に前半…エルクはルッツに「うぜぇ髪だな。切ればいーのに」とか常々思ってたんでしょう…嘘くさい…。
髪長い方がハゲにくいと言うのは、うちの兄が実践してたことです。女性ホルモンがどうとか言って。
当時はムサくて仕方なかったですが、その甲斐あってか今のとこ髪は元気です。