call
家へ帰る途中の船上で、目的地までの空いた時間をつぶすのに俺とアレクは積荷の上に陣取った。今日のような晴れた日は、船長とかに許しをもらって甲板の荷の上で寝転ぶのが俺達の気に入りだ。
俺は伸びをして背を倒したが、アレクは膝を抱えて座ったままだ。なんかヘコんでんだよな。今回同じ仕事に関わったんだけどアレクの方が先に役目を果たし御役御免になり、俺と帰りを合わすために一人で小さい依頼をやってたそうだ。ヤなことでもあったのかも。まぁ話したくなりゃそのうち口割るだろ。
「さっき何買ったんだ?」
船に乗る前に雑貨屋へ寄った。その時買い物した包みをアレクは膝に載せてる。
「…これは、日記帳です。」
「へぇ…。」
袋から出てきたのは鍵や飾りのついてないシンプルなものだった。
「おまえ日記なんか書いてたか?」
「子供の頃にはつけてたんですけど、またこれから始めようかと…。」
「ふーん。」
アレクは日記を見つめながら静かに続けた。
「仕事でお医者さんと話す機会があって、記憶喪失について聞いたんです。僕みたいに記憶をなくして何年か経ってても、思い出す場合もあるそうです。でもそれまでの出来事を…記憶がなかった間のことを忘れちゃう可能性があるって教えてくれました。」
淡々としたつぶやきは、俺が肘をついて上体を起こすと止まった。少しだけ横向けてこっちに見せた顔は、いつもとなんら変わりなく穏やかだ。
「それで、エルクさんにお願いがあって。もし僕が記憶をまたなくしちゃったら、日記を書いてたことを教えてほしいんです。アレクのことも、思い出すかもしれませんし。」
これが自分が消えるかもしれないって話をしてるやつなのか?不安のかけらも感じねぇ。
「…わかった。」
俺の返事を受けてアレクはふっと微笑んだ。おまえはこれでいいのか?俺はすげぇ寂しいぞ。
「…あとは?」
「え?」
「あと、何すればいい?」
「…あとは、別に。」
実際に起こりゃしねぇだろうと考えてんのか、どうしようもねぇことだからとハナから諦めてんのか、アレクはそれで終わらせようとする。でも俺はイヤなんだ、だからアレクを崩してやりたくなった。
「じゃあさ、日記以外でも、おまえの持ち物全部渡してやっていいか?」
「え…はい…。」
「ギルドの記録も全部。」
「…はい…。」
「それと、お前の知り合い皆に会わす。」
アレクは戸惑うように俺を見た、さっきからずっと俺からは視線を外してたのに。
「いやなのか?」
「…いえ…。」
アレクが困惑した様子のまま頭をゆるく振ったけど、そんなんじゃまだ足んねぇよ。
「おまえが行ったとこ全部つれてく。」
「…はい…。」
「おまえと話したこと全部聞かすし、俺達のことも言う。信じなくても一緒にいる。」
答えは返ってこなかったけど、アレクはゆっくりと頷いてた。
「俺を思い出すか、も一度俺を好きになるの待つぜ。」
思いつく限りのことを言ってやった。アレクは膝の日記に額をつけて小さくうずくまった。はい、とほとんど声にはならない返事がきて、俺はやっと満足する。どうだ心打たれたろ、おまえも寂しくなったか?追い詰めるだけ追い詰めてようやく安心出来るって、根暗だな俺。
「日記、俺のことひいきめに書いとけよ。先入観ってでけぇから。」
すっかり沈んだアレクを浮上させようとアホなことを言ってみる。さらにアホっぽさを演出するためまたダレーッと寝そべると、アレクもコロッと横になった。日記を額にあてたままで顔は隠れてるが、漏れる息は笑ってるみてぇだ。
「はい…読んだだけで好きになっちゃうくらい、あなたのことたくさん書きます。エルクさんも、忘れないで下さいね…僕はあなたが好きです。たとえ僕がどんなにイヤがったって、あなたといれば絶対幸せなんです。」
とうとう本音を吐いたぜ。それにしてもたいして恥ずかしげもなく濃い愛の言葉をよくささやけるもんだよな。
「それも言うぞ。」
「はい。」
アレクは祈りを込めるように、しばらくそのまま日記を掲げてた。俺との記憶がなかろうとお前はお前なんだから、お互い苦痛になっても限界までつるんでやるからな。
<言い訳です>
アレクは諦めてたわけじゃなく、何も覚えてない自分をエルクに押し付けちゃダメだと、本音は言わないと決めました。
だけど本当はエルクに見捨てないでほしいと切実に願ってるのに、願うだけで気持ちを隠すのは卑怯に感じて、
日記の話をすることで、自分はアレクとしてエルクと共にいたいんだというのを少しだけ意思表示しました。
それで充分だと思ったので、悟ったように静かに話すことが出来た…って感じです。