誰かの願いが叶うころ
マントもブーツも身につけたまま、バタッとベッドに倒れこんだ。数日ぶりの柔らかい感触なのに、不思議と眠くはならない。未来から戻る前に見たフィニアの姿が絶えず頭に浮かんでは、ため息をつきたくなる。
「…エルクさん、このまま寝ますか?」
うつ伏せの俺を伺うように、そうっとアレクが枕元に近寄ってきたんで、体を横向きに変えてアレクを見た。こうやって二人になるのも久しぶりだ。
「いや、まだ起きてる。」
「そうですか…何か飲みます?僕水飲もうと思って。」
「あ、俺も水。」
500年後の世界にフィニアを残し、俺達は元の時代に戻ってきた。
さっきまでギルド本部で報告をしてた。グロルガルデ自体は消滅したが、MMMの残党が何を始めるかわかったもんじゃねぇ。MMMについてはギルドでも調査を進めてたんですぐに動くことになった。俺達も中心として行動すべきだが、今日はギルドがつかんでる情報を確認して不足してっとこを補うってだけで勘弁してもらい、今やっと宿屋で落ち着けたんだ。
アレクは水を持って戻ってきて、俺の分をくれると隣のベッドに腰かけた。一口飲んで、ふと思った。フィニア、飲み水とかちゃんとあるだろうか。
「フィニアさ…大丈夫だよな…。」
「…大丈夫だと思います。あの、僕タイムトラベルってよくわかんないですけど…。」
わかりっこないことを聞いた俺に合わせて返事しただけかと思ったが、アレクは話し続ける。
「フィニアさんがこちらに来て、僕達も動きましたよね。そこで既に歴史は変わり始めたと思うんです。それで、もし歴史が変わったことによって、彼女の出生も変わるようなら…えっと…歴史が変わった時点で、あの…彼女の存在も消える…はず…じゃ、ないかって…。」
「………。」
なんか難しいこと言ってやがるが、アレク自身が首を傾げながらだからまったく説得力がねぇ。
「あの、僕も自分で言っててよくわかんないんですけど…マーシアに聞けば教えてくれると…。」
「あぁ…なんとなく、わかるような…。」
たどたどしく説明してたのは、マーシアからの受け売りだったようだ。実はほとんどわかってねぇし、俺の言いたかったこととちょっと違う気もするが。とりあえずそういう考えもあるってのはわかったけどさ。
「わかるんだけど…さ。」
俺だってフィニアの立場なら同じようにしてるよ。自分の世界を見捨てるなんて無理だ。わかってんだよ、でも一人置いてきたフィニアを思うと、気が滅入って仕方ねぇ。
「後悔してるんですか?」
「え?」
「…いえ、なんでもないです。」
アレクはコップを口に運んだが、唇をつけただけで水を飲みはしてない。まるでその仕草は余計な表情を隠そうとでもしてるようだ。
「後悔ってなんのことだ?」
「いえ…。」
「アレク?」
「…すみません、意味ないこと…。」
口で取り繕うことを言っときながら、アレクは俯いた。意味ない話じゃねぇはずだが、俺には心当たりがない。
「後悔って、フィニアをこっちに連れてこなかったことか?」
それくらいしか思いあたらねぇ。でもきっとこいつが言ってんのは他のことだ。アレクは力なく頭を横に振った。
「…僕…エルクさん、戻ってこないんじゃないかって…。」
「え?」
「先に僕だけ戻って、エルクさん待ってるうちに、すごくこわくなって…あのままあなたが未来に残るんじゃないかって。」
「…なんでそんなこと?」
「だって…。」
アレクは下を向いたまま痛みをこらえるように身を縮めた。さっきの後悔って、俺がフィニアの為にあっちにいたかったんじゃないかとでも?確かにフィニアは妹のようで放っておけない大切な子だけど、まさか妬いてたわけじゃねぇだろな。
水をサイドテーブルに置いて体を起こし、俺もアレクと向かい合わせに座りなおした。しばらくうなだれた姿をじっと見つめたが、アレクは沈黙したままだ。俺にして見ればたかがやきもちでそこまで心配されてたってのがおもしろくねぇし、フィニアへの思いやりがそんな風に疑われてんなら本当に不愉快。大きく吸い込んだ息を、不機嫌なまま思い切り吐き出した。
「おまえ、フィニア応援してやってたよな?俺も頭ではわかってたけど出来なくて、でもおまえが先に飛び込んでったから俺も帰らなきゃいけねぇんだって思えたんだぜ。少し話してて遅くはなったけど、戻らねぇわけあるか。」
「わかってますよっ…。」
イラつきをのっけた言葉に、アレクも声を荒げた。やっちまったって感じにパッと顔を上げ、俺と目が合うと怯えるように瞳を伏せた。気持ちを抑えるためか、アレクのコップを持つ手に力がこもる。
「…だけど、あの時僕達500年も違う世界にいたんですよ?不安になったっておかしくないじゃないですか。待ってたってもう会えないんじゃないかって、僕もう一度あの穴に飛び込もうと思った…。」
落ち着いてはいるが掠れた声音で言い終わると、アレクは片手で顔を覆った。立ち上がってアレクの膝から水を取り上げ脇に置いてやると、空いた手で俺の腕を捕え、そのまま俺に頭を預けるようにこっちへ寄っかかってきた。
「そっか…あん時は別世界にいたんだな俺達。」
アレクが神の塔に戻りついた時点では、まだ未来にいた俺はこっちじゃ存在しないも同然だった。俺を待ってる間あのブラックホールが消えちまわないか気が気じゃなかったろうな。そりゃこえーわ、俺が悪かった。すまんすまん、と擦り寄る頭を撫でた。
「…すみません、エルクさん戻ってきたのにこんなこと言って…フィニアさんだって、あなたがいなくて心細いでしょうに…。」
あ、こいつやっぱり少し妬いてたな。どこか後ろめたそうだったのは、フィニアが心配なのとやきもちとで板ばさみになってたからなんだろう。まったく、なんでもかんでも真面目に考えすぎなんだよ。両手を使ってアレクの髪をかきまわすと、わずかに逃げてくすぐったそうに笑った。俺達の生きる世界に帰ってきてから、初めての笑顔だ。
「いらねぇやきもちやくなバカ。」
「でも…本当によかった…。」
小さく小さく呟いて、アレクが俺の体に腕をまわした。
end
<言い訳です>
アレクはフィニアにとてもきれいな別れの言葉を言いました。
一緒に戻ろうと言うエルクの気持ちもわかるけど、自分まで同じようにフィニアに言えば、彼女が辛くなるのがわかるし、
エルクが言ってもダメなら自分が言ったって同じだろうと。
そして先に帰りましたが、エルクとフィニアの絆みたいなのが改めてわかって、ちょっとやきもちやいてみました。